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再び、メソットにて

2013.07.24.23:45

半年ぶりに、ブログを書く余裕ができたので、ブログを書いてみました。

今年の夏休みは、妻と2人で、メータオクリニックのある、
タイのメソットに来ることにしました。
2年ぶりのタイ、2年ぶりのメソット、
いろんな思い出が蘇ります。

ようやく、病院のいろんなこと、
人の動き、指揮系統、内部の派閥、
そして、臨床としても、
患者さんのepidemiology、いつ、どういうところでどういう病気の患者さんが多いのか、
そういうものが見えて来た頃だったので、
タイを、メータオクリニックを離れる事が、とても残念!と思う反面、
震災でまだまだ仮設住宅にすら入れていない人が多い時期で、
早く日本のことをなんとかしなきゃ、という思いが、
僕の頭の中で不安定にグルグルとまわっている、そんな2年前でした。

もともと、一番初めにメソットを訪れたのは4年前。
この4年間に、多くの事が変わりました。
ビルマ政府は、多くの少数民族の武装組織と停戦を達成し、
開放政策を始めました。
それに従って、人々の動きは活発になり、
これまで以上に、
ビルマ国内からタイ領内にあるメータオクリニックを訪れる患者は増えているものの、
これまでメータオクリニックを支援することで、間接的にビルマ国内の人々を援助して来た
欧米の団体が、ビルマ国内のビルマ人を直接支援するようになり、
メータオクリニックは資金難に陥り、
ビルマ人スタッフの給与のカットなどを行わざるをえませんでした。
現在も、クリニックの運営について、深刻な話し合いが進んでいるところです
そういえば、4年前と言えば、
多くの国民の期待と希望を一身に集めた民主党政権が船出した時でしたね。
その後、震災がおきて、津波と原発事故が発生し
今では、日本の政情も大きく変わってしまう事になりました。
私事では、僕が思いもよらぬタイミングで結婚し、家族を持つ身となったのが3年前。
この4年間は、本当に各地で激動の日々でした。

そんなことを思いながら訪れた、
2年ぶりのタイ、そして2年ぶりのメソットは、
新しい建物は増えてはいたものの、
見た目は、大きく変わっている印象はなくて、ちょっと拍子抜けでした。
確かに、メソットに大きな映画館付きのショッピングセンターができ、
ジムやマッサージ屋さんも増え、
多くのお店はこぎれいになりましたが、
2年も経ってれば、これぐらい変わっててもいいよな〜という範囲内なんですね。
ただ、よくよく人を見てみると、
彼らが手にしているものは、なんと、スマホ!そしてタブレット!!
2年前は、インターネットカフェが乱立するようになってましたが、
今は、みんな、手にしたスマホで、
facebookをやったり
LINEでメールを送ったり、
いつでもどこでもネットにつながっている、
そんな時代が、タイにも来たんですね〜!
普及率は日本と同じかそれ以上何じゃないかと思うぐらいの普及っぷりです。

また、メソットから国境の川を渡った対岸のビルマ側の街、ミャワディーは、
4年前に訪れた時と比べると、かなりの発展ぶりで、
かつては昭和時代の日本の中古車しか走っておらず、、
携帯電話がほとんど普及していなかったはずの街で、
ピカピカの日本車と、携帯電話どころかスマホが大々的に売られている光景は、
ビルマの開放政策とそれに乗っかる人々のエネルギーの強さを感じます。

それにしても、この地に滞在していると、
タイ人やビルマ人の適当さ加減に、本当に癒されます。
新しく新装開店したスーパーに入っても、
中の店員はレジでお弁当を食べてたり、
床にしゃがみ込んで、スマホをいじってたり、
国境の警備隊もイミグレの職員も、
常にLINEに夢中だったり、
本当に大事な事以外は、だいたいできてればいいんですよね。
僕もメータオクリニックで働いていた時は、
スタッフ達のいい加減さにあきれることも多々ありましたが、
大事な部分はきちんと抑えてあったので、
かなり大目に見てました。
なんで、日本で働くと、そういうふうにできないのか、
周囲の人たちの細かなミスをいちいち怒ったりしてしまうのか、
もっとテキトーでもええやん!?
って思えなくなったというか、流せなくなってしまったなあ、と
自分が変わってしまった事を強く感じます。
癒されつつも、もっと余裕を持って働けるようにならなきゃ、と反省です。

それにしても、
のんびり、ゆっくり過ごしても、
マッサージに通って美味しいものでおなかを満たしても、
どうも心が満たされない。。。

やっぱり、メソットに来たなら、働きたいな〜
この町にいて、
メータオクリニックが目の前にあって、
ただただ見学と昔の同僚への挨拶だけで帰っちゃうのは、
とってももったいない!
できるなら、臨床医として、ここでみんなと一緒に働きたい!

やっぱり、自分の責任を果たして、
他人と信頼関係で結ばれて、
お互いに信頼して、感謝できるというのは、
人間としては、この上ない喜びです。
数日だけ働くのは、かえってみんなの迷惑にしかならないので
やっぱり、いつか、年単位で、
妻と一緒にこの病院で働ける事ができれば
2人の心が完全に満たされそうです
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恥ずかしい瞬間

2013.01.31.16:00

体の症状が辛いと言って病院に来る患者さん。
入院させてほしいと言う。
入院させるべき病気は疑われず、
一般的に入院するような重症度でもなく、
半ば強引に帰してしまった。

釜石まで来て、
僕が守っているのは、大槌・釜石の人々の健康なのか、病院なのか、
「病を見ず、人を診る」と言っていたのは、はったりか?

たいした病気でなくても、
たいした症状でなくても、
病気のため、寂しかったり、悲しかったり、誰かに甘えたかったり。

病院に来る人たちの要望を全て聞いていたら、
病院はパンクしてしまう。
どこかで線引きする必用はあるのだけど、
今、この瞬間、僕は誰のために何をしているのか、と、
全ての瞬間、瞬間、自答して、
どれだけの瞬間、僕は恥ずかしくなく答えることができるのだろうか?

深い悲しみの日

2013.01.06.23:32

1月3日、お正月のさなか、
宝塚市から大槌町に復興支援のため派遣されていた職員が、
自ら命を絶ちました。

とてもとても、深い悲しみでいっぱいです

支援者として急性期から慢性期まで被災地に滞在して分かる、
被災地の実情というものがあります。
「被災者」の人たちの、生々しい、時には欲望丸出しの訴え。
「自分たちだって被災者なのに」私を捨てて公のために働かねばならない行政のスタッフ
しかも、役所の仕事内容と言えば、
被災者同士の調整だったり、
縦割り行政の役所間の調整だったり、
住民と役所の間、あるいは役所同士の間のすれ違いを感じながら、
ギャップを抱えたまま働かねばならないような、
ストレスフルなものばかり
そんなリアルな実情を知らずに現場に飛び込んで来てくれた、外部からの支援者

被災地と深く接すれば接するほど、多くの人たちの感情をモロにうける形になり、
精神的な負担は計り知れません。
外部からの支援者にも、高率にPTSDが起きるということは、
以前から知られた有名な事実です。
被災地に入った自衛隊の中でも何人も自殺者が出ていたといいます。
自分も精神的に限界を感じて1週間で一度自宅に帰りましたし、
自分のいたNPOの中でも些細なもめ事などが頻発しました。

被災地の方々も、
大多数の人は、正義感と助け合いの気持ちに溢れる素晴らしい方々です。
でも、一部には、本能的なのか、欲情を丸出しで来る人もいます。
まだ震災から二年も経っていない中、
自分や自分の家族が受けた苦しみを考えると、
理性的になれないことがあっても当然ですし、
感情が整理できていない人がいても当然ですし、
頭では分かるのですが、
面と向かって毎日毎日あれこれ言われたり、
よそ者はこれだから・・・とよそ者扱いされたりすることに耐えるのは
並大抵のものではありません。

外部から被災地に来て、人の輪の中に入って一緒に働こう!という方は、
自分の身体的な体調だけではなく、精神的な状態も不安定になりやすいということ、
そして自分自身での細かなケアが必要であるということを理解して頂く必要がありますし、
誰かを被災地に派遣する立場の人は、
派遣者の心身両面の健康をきちんと長期にわたってフォローする必要があると思います。
精神的な被害というものは、派遣が終わってからも続きます。

深くご冥福をお祈りいたします。

当たり前の暮らし

2013.01.02.23:30

今日、病院の救急外来で悲しい出来事がありました。
まだ1歳に遠く満たない小さな赤ちゃんが、心肺停止状態で運ばれてきました。
変に生暖かい、嫌な空気が町に満ちてくる中での出来事でした。
僕も含め大勢のスタッフが懸命に処置を行いましたが、
小さな命を救うことはできませんでした。

今朝の今朝までみんなが普通に生活をして、
突然起きた、突然の出来事。
まだまだパパやママの愛を受け止めたかっただろうに、
その最後のチャンスをつなぎとめることができなかった。
「短い人生を駆け抜けた」というのは第三者からの視線。
この子は好きで短い人生を送ったわけではないのです。

この子の魂がこの後もまっすぐに前を向いて進んでいくように、と祈りながら
どうしてこういう事が起きたのかという反省が必要です。
誰が悪いかという犯人探しではなく、
何が悪かったのかという原因を調べることが必要です。

いつもは乾いたサラサラの雪が降る釜石ですが、
夜になって、生ぬるい空気が冷えてきて、
昼間の雨が、湿った、冷たい雪に変わりました。
僕の傘にも、地面にも、僕の心にも、突き刺さるように積もっていきます。

これまで私が看取ってきた何人もの子供たちとそのご家族の姿を思いながら、
そして、家族みんなが普通の暮らしを送ることができる幸せをかみしめながら、
明日の仕事に備えて、今日は早くに寝ることにします。

2013年

2013.01.01.01:22

この年末は東京に行きました。
妻の実家にご挨拶に行くことが一番の目的でしたが、
全く自由な時間を作って、
本を読んだり、走ったり、買い物したり、
暖かい東京で、自由に時間を過ごしました。
うちの妻も、
久しぶりに再会した昔の友達たちと盛り上がったようです。

今の自分の環境をちょっと離れて、
自分の心を自由にしてあげると、
いろいろクリエイティブな思いが浮かんできました。
体を思いっきり動かすのもいいですね。
おかげで、いろいろ発見がありましたし、
夫婦でいろいろ話し合うこともできました。

大みそかの夜、東京から岩手に変えると、一面の雪景色
今自分がいるべき世界に戻ってきました。

外側は変わらなくても、
内側は一歩前にすすんで、
今年も、いろいろ楽しみと変化を作りだしたいと思います。
周囲の方々も巻き込んだり振り回したり、
これまで以上に?驚きとご迷惑を提供すると思いますが、
暖かい目で見守って下さい

よろしくお願いいたします
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プロフィール

ハマダラカ

Author:ハマダラカ
職業:元小児科医、現在なんでも屋的医師を目指して修行中
日本を、そして海外を、自由に移動しては、
働いたり遊んだりの、
自称フリーター医師。
しばらくタイにあるビルマ難民向け病院でボランティアしてましたが
現在岩手県の被災地にある病院に来ました
関西人のつもりですが、心のふるさとは北九州市
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