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「ペシャワールにて」

2011.02.21.00:59

今日(2/20)は日曜日でした。
朝8時半に病棟に回診に行って、11時ごろに仕事も終わり、
早めにお昼を食べた後、久しぶりに本を読みました。
「ペシャワールにて」
福岡が生んだ、偉大なカリスマの中村哲先生の本です。

ご存知の方も多いと思いますが、
中村先生は、パキスタンからアフガニスタンにかけて、
癩(ハンセン病)の患者の治療から始まり、
度重なる内戦、旧ソ連や欧米諸国の「侵略」により
荒廃した地域社会を立て直すべく、
医療活動のみならず、運河を引き、水をひいて、農地をひらき、
荒れた故郷で再び農耕ができるように、今も活動されてる方です。
国際医療に興味がある日本人なら誰でも知っている人です。
伊達にパキスタンやアフガニスタンで、
多くの人たちとともに話し合いながら働いて来られただけあって、
話し方が非常に面白くてわかりやすいので、
講演を聞くだけで幸せになれる、そんな方です。

でも、白状すると、まだ本を読んだことがなかったのですが、
突然、読みたい気分になって、今日はひたすら本にかじりついてました。

この本の時代背景は、1980年代後半
ソ連がアフガンから撤退し、パキスタンに逃れた難民が帰ろうとしたけど、
国土が荒れて耕作ができないため帰るに帰れない、そんな時です。
自分の読んでた「小学五年生」に、アフガン難民の話が載り、
アフガンが舞台のランボーも上映され、
しかし、石油権益のため、第一次湾岸戦争が始まり、
アフガニスタンなんて忘れられてしまいました。
国内では、「売上税導入」に揺れ、バブル景気に差し掛かる頃、
一部の人間たちがお金の使い方に困るほどお金を稼ぎ
繁栄を謳歌していたように見えた、そんな時代でした。
海外協力と言えば、内戦がほぼ終結しかかっていたカンボジアで、
警察官に続き、自衛隊が海外に初めて派遣されたころ、
でも、民間による国際協力はまだまだで、
海外で働く=一部のビジネスマンと帰国子女、というイメージだったと思います。

冒頭で、中村先生が、パキスタン・アフガニスタンに関わりを持つようになったのが、
パキスタンの山に登る登山隊に同行したこと、
途中の村々で診療を行ってはいたが、
限られた薬品だけではどうすることもできなかったこと、
歓迎されるたびにかえって心が痛んだこと、
その件(くだり)は、僕も経験があるので、非常にわかります。
ただ、すごいのは、
再びパキスタンに来る機会をつかみ、
そこでパキスタンやアフガンから来る難民達に、
相手のプライドを尊重し、現地の文化、慣習に則り、
大勢の人たちを巻き込んで、医療活動、さらには
現地の地域社会を立て直していった、
その忍耐力、というより包容力、そして行動力です。

相手のプライドや文化を尊重する、言うのは簡単ですが、
このメータオクリニックに来て、実際に行うのがいかに難しいか、
よくわかりました。
自分のやり方のほうが明らかに効率が良くても、
それを押し付けてはいけない、
でも、放置して諦めてもいけない。
彼ら流のやり方で、効率を良くしていく必要がある。
中村先生の本を読んでいると、少し、自分の中で、
ここの医療について、諦めていた部分があったな、と気づきました。
そして、短期間で、人に受けそうな、
多くの成果を上げようとしていたことにも気づきました。
海外で働くにあたって、自分の名前、自分の業績を残そうとするのは、
一番避けなければならない、やってはいけないことです。

まだまだ、これから地道に長くかかわっていくことで、
いろんな可能性が見えてきそうな気がして、
自分で何をしたわけでもないのに、なんだか嬉しくなってきました。

無数に難民が押し寄せる中で、地道に医療活動を続け、
難民の出所の生活を立て直すことで、生活全体のレベルを上げて、
予防できる病気を予防する。
これは、今のメータオクリニックにもそのまま当てはまる課題です。
たいていの病気は、薬がなくても、
充分な食料ときれいな水があれば治ってしまうわけですから。

「古典」になりつつある本でしたが、
こんなに楽しめるとは、失礼ながら予想外でした。
また、これから、改めて仕事が楽しくなりそうです。
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正真正銘「ゴミの山」

2011.02.21.00:05

メソットには、多くのビルマ難民が住んでいます。
「難民」・・・業界用語では、難民というのは、
正式に政府や国際機関に認定された人のことであって、
認定されていない人のことは「移民」と呼んだり「避難民」と呼んだりしますが、
日本語にすると、「移民」より「難民」のほうが悪い環境に住んでそうですが、
実際には、難民は難民キャンプにいて、食料も住むところも確保されて、
まるで多くの人たちから見ると天国のような暮らしをしているにもかかわらず、
「移民」と呼ばれる人たちは、住むところも仕事も食料もなく、
最底辺の暮らしを続けています。
ということで、自分としては、身分にかかわらず、「難民」と呼ぶことにしています。

で、多くの難民たちは、住むところも仕事もないので、
一部の難民たちは、ゴミ捨て場に住んで、
まだ使えそうな、お金になりそうなゴミを拾っては町に売りに歩いています。

先日、そんなゴミ捨て場を案内してもらえる機会があったので、
仕事の昼休みを利用して、ちょっと行ってきました。

今は乾季なので、一年のうちで一番環境が良いそうですが、
それでも、ゴミの臭いが鼻をつき、無数のハエが飛び回っています。

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池もゴミだらけで、すっかり汚染されています。
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風が吹くと、ゴミが舞い上がって飛び散ります。
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これはゴミ漁り用のカゴ

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この一家は、数年前にビルマを脱出した後、ここに住んでいるそうです。
お父さん、お母さんと子どもが4人。
お父さんと一番上のお姉ちゃんが二人で使えるごみを拾って町まで売りに行き、
一日の稼ぎが50~80バーツほど。日本円で200~300円程度です。
ちなみに、本来なら一番上のお姉ちゃんは学校に行く年齢ですが、
稼がないといけないので、それができません。
2番目のお兄ちゃんと3番目のお姉ちゃんが、移民向けの学校に通ってるそうです。
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3番目のお姉ちゃんは、いつも笑顔で一番下の子どもをあやしてました。

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意外なほどに悲壮感も疲労感も感じられない、
生きる意志と意欲に溢れた一家でした。
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プロフィール

ハマダラカ

Author:ハマダラカ
職業:元小児科医、現在なんでも屋的医師を目指して修行中
日本を、そして海外を、自由に移動しては、
働いたり遊んだりの、
自称フリーター医師。
しばらくタイにあるビルマ難民向け病院でボランティアしてましたが
現在岩手県の被災地にある病院に来ました
関西人のつもりですが、心のふるさとは北九州市
facebookはこちら↓
Toru Yoneda

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