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やり残したこと

2011.05.30.20:33

今日は5月30日、月曜日。
本来なら、今はもう羽田空港に着いて、
ANAの夜行便でバンコクに向かおうとしているはずなんですが、

が、しかし。

季節はずれの台風のおかげで、運動会が3日連続で中止となり、
明日に延期になってしまいました。
(この台風の影響で、大槌は大雨、そこらじゅうが水浸しとなり、またまた大変だったそうです。)

そもそも、5月の終わりに日本にいることの、一番の目的は
5月28日土曜日に行われるはずだった、息子の運動会を観戦すること。
結婚式や披露宴の日時も、この運動会で日本に帰国している間に・・・
ということで、決まったほど、我が家の中では優先度の高いイベントでした。
息子も、この日のために、一緒にジョギングしたり、筋トレしたり、
(最近は一人で勝手に筋トレするようになってびっくり!)
そして、当日は絶対に観に来て!!とお願いというか命令してきます。

それが、目的を果たせぬまま、このままタイには帰れず・・・
ということで、ウン万円払って、飛行機をキャンセルして予約を取りなおし、
明日、運動会を見てから、夜中に出国することになりました。

平日ということで、観客のほとんどがお母様方だろう、
そして、そのなかでボウズの男がウロウロしたら、かなり目立ちそう、
ということは、容易に想像できますが、
でも、年に一度の息子の晴れ舞台、ということで、
心して観戦してきます。

一週間で一度日本に帰りますが、
それでも、しばらく息子とはお別れ、
そして、今回は嫁も一緒に来るので、
息子は実家にお預けになります。
さみしい思いをさせる以上。できる限りのサービスはしないと。
そして、
運動会に来てほしい、と言われているうちが花。
そのうち運動会になんか来るな、なんて言いだすかも知れないし。
息子の許可が出てるうちは、やっぱり見に行きたいですね。

ということで、明日は忙しい一日になりそう。
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新しい季節、新しい暮らし

2011.05.28.21:08

もうすぐ、五月も終わりですね。

いや~、あっという間というか、
怒涛のような、猛烈に過ぎ去った、そんな一か月でした。

でも、めまぐるしく毎日が過ぎて行ったわけではなく、
忙しい中にも、多くの方たちと出会うことができ、
多くの方たちに支えて頂き、
そして、こちらからも想いを伝えることができて、
一瞬一瞬が非常に充実していた毎日でした。

ジェットコースターのような生活でしたが、
絶叫系ではなくて、
ディズニーランドの乗り物のように、
スリルはあっても、景色を楽しんだり、
カメラに向かってポーズをとったり、
そうやって一瞬を楽しみながら、乗り終えた感じです。

そして、気づけば、明後日、タイ・メソットに帰る日。

メソット・・・久し振りだ。

ビルマ語なんてすっかり忘れてしまった・・・
英語だってかなり怪しい。

でも、メソットのこと、メータオクリニックの出来事は、
遠い世界の遠い記憶、には全然なってなくて、
早く帰りたい、という思いはかなり強いものがあります。

やはり、自分が本来いるはずの場所、というところから離れると、
人間は不安になります。

地震と津波が起きて、
自分の家族を守る立場になって、とりあえずみんないっしょに暮らして、
原発事故のため息子を実家に疎開させたりして、
その後、大槌町に行くことができて、
その後、皆さんに支えられて結婚式&パーティーまでできて、
それはそれで、とっても良かったし、
パーティーが終わるまでは、とてもメソットのことなんて
落ち着いて考えられなかった。

でも、ようやく、元の暮らしに戻る準備ができるようになって、
そして、非日常から日常に少しずつ戻していく。

日本に帰って約三か月。
早春から終わりまで、春を一から十まで全て見届けて、
今は、毎日しとしと降る雨が、梅雨入りを告げています。
新しい季節。新しい暮らし。
来月も、一時的に日本に帰ってくる予定もありますが、
基本的には、来週から、元のメソットでの暮らしに戻ります。

そういえば、大槌に今もいる、医師会の医療チームも、
今月いっぱいでかなり引き揚げるはず。
大槌の医療も、だいぶ元の体制に戻るんじゃないかな。。。
来月の一時帰国の際に、ちょっと見てこようかな。

ようやく

2011.05.26.20:21

先週末に、結婚パーティーを終えて、

ようやく、自分や家族の今後の予定を考える余裕ができるようになりました。

これまでは、ギリギリのタイミングに入りきらないぐらいの予定を詰め込んでいたので
いついつまでにあれをやってこれをやって・・・
とスケジュールに押されまくってましたが
(それでもいろんな作業がギリギリというかすでに半分アウトなタイミングで
いろんな人にはご迷惑をおかけしてました。)

やらなきゃいけないことが一通り終わると、

ほったらかしになってある、タイのメソットやメータオクリニックのことや、
これから東北で働ける場所はあるんだろうか、とか
生活するお金は足りるんだろうか、とか
もちろん、
大槌の方と、前回のパーティーで集まったお金をどのように使うか相談したり、とか、
そして、
今週末の予定だった息子の運動会はどうなるんかしら、とか、

まあ、大きな話題だけでも、いろいろ。
定職に就いていなくてもこんだけ忙しいのだから、
普通の人みたいに、働きながら結婚式の準備をするなんて、
とても考えられない。。。

他にも
出さなきゃいけないレポートの作成に写真の整理、
レシートのチェック
部屋の大掃除、

一人暮らしの時にはてきぱき片づけられた仕事も、
家族3人が一部屋に暮らして生活すると、
どうしても一緒に遊んだりゴロゴロしたりしてしまうから、
全然仕事は片付きません。
でも、まあ、いっか~
ってだんだん思えるようになってきました。

成長したのか、堕落したのか、適応したのか、
よく分らへんけど、
ストレスレスな、毎日です。

で、前置きのつもりで書いた文章が長くなってしまったけど、
写真を整理する余裕ができて、
ちょびっとだけ取り込んだ、結婚式の写真を、upします。
5/5に明治神宮で、親族だけで挙げた式です。
つい最近のはずが、もうすぐ一か月になるのか~~
そして、結婚式とパーティーを5月にやろうと、
大槌にいる3月末に決めてから、合計2か月、
嫁も自分も、よく頑張ったなあ。
(もちろん周りの方々は自分たち以上に頑張って下さいました)

明治神宮の敷地を練り歩いた後、
建物の中に入るところ。
明治神宮1

三三九度をやってます。
明治4

こちらは、明治記念館という建物で、親族だけの披露宴を執り行う直前。
明治3

明治神宮の敷地で、多門と一緒に
明治2

どうでもいいですが、個人的には、パーティーの時に着たスーツより、
紋付き袴(というか和服)のほうが楽チンで好きです。

収支報告

2011.05.22.23:17

昨日のパーティーで集めたお金を計算しましたので、
とりあえず、この場を借りて、ご報告いたします。

昨日のパーティーは、会費のうち、2000円を義援金といたしました。
義援金は、合計2,000円 × 77人で、合計154,000円。
他に、御寄附を頂いた方がおられまして、合計49,000円。
そして、一大イベントだった、バザーの売上は、65,900円
以上、合計、268,900円になりました。

皆さんにパーティーのことをお知らせするのも、
バザーのことをお知らせするのも
どちらも直前で、
充分な準備ができないまま、パーティーに突入してしまいました。
にもかかわらず、ちゃんとした結果を残すことができまして、
非常に感激しております。
金額の多寡ではなく、
皆様の思いを目に見える形に帰ることができたこと、
それが、この26万8千9百円という数字になったわけで、
この数字を見るたびに、感謝と感激で胸がいっぱいになります。

改めて、忙しい中、予定をずらしてパーティーに参加して頂いた方、
手紙や御寄附、バザーの品物を出品して頂いた方、
どうもありがとうございました。
そして、お知らせするのが直前だったため、
パーティーに参加できなかった方、バザーに出品できなかったかた、
本当に申し訳ございません。
でも、何らかの形で想いを伝えてくださった方、
皆様の気持は熱く受け止めさせて頂きました。

今後、このお金で、具体的に何に使って、
どのように生かされたのか、
御報告をしていきたいと思います。
現実的には、本の読み聞かせと言っても、
本を読む場所も、本を置くスペースも、何もかもが使えなくなり、
そして、
本を読んでいた方も、聞いていた子どもたちも、被災してしまい、
集まることも大変な状況ではあります。
だから、今すぐに本を買って送ることはできません。
でも、少しずつ復興していくなかで、
できそうなことを、少しずつ、進めていきたいと思います。
なので、長い目で、見守って頂けたらと思います。
どうかよろしくお願いいたします。

「想い」をカタチに

2011.05.21.21:04

以前に一部でお知らせしましたが、
今日、結婚披露パーティーを行いました。
直前にお知らせしたにも関わらず、
北は岩手の大槌から、南は沖縄の石垣島から、
総勢80名あまりの方に来て頂きました。
そして、これまた直前に連絡したにもかかわらず、
大勢の方に、パーティーの中のチャリティーバザーに出品して頂き、
そして大勢の方に買って頂きました。
パーティーに来ることができなかった方の中にも、
わざわざ大変な思いをしてバザーの品物を送ってくださった方も何名もおられました

このパーティーの準備のために、二日に一回は夫婦喧嘩をしていましたが、
嫁との出会いを回想するDVDを観ながら、
なんだかんだ言って、嫁と出会えて、結婚で来て、
ほんまによかったなあ~とつくづく思いました。

でも、これだけだったら、一般的な披露宴ですが、
今回は、嫁の発案で、皆さんからバザーに出す品物を募って、
チャリティーバザーを行おう、ということで、
忙しい中、皆さん、高いお金を払って品物を送って来て頂き、
それを出品して、その収益金で、
被災地・大槌町の子どもたちに本を送って、
一緒に読み聞かせをする、ということになりました。

司会者の名調子のおかげで、予想以上に盛り上がってくれて、
かなりの品物が売れました。
結婚式のお決まりの、ビンゴ大会やスピーチの嵐なんかよりは、よっぽどか楽しめる、
そして、楽しみながら、被災地への支援に協力する、
いやあ、ナイスアイディアです。
多くの方が心の中で思っていたであろうこと、何か被災地にできることはないか?
何かできることがあれば、ぜひ協力したい、
という想いが、今回のこの企画を通じて、見事に形になったと思います。

うちの嫁は、ほんまにすごいことを考えつくわ。

自分たちは、ひたすら写真を「撮られて」いるばかりで、
全然自分たちの姿を撮れなかったので、
全く臨場感のない日記になってしまって、残念。
写真なり動画なりが手に入りましたら、改めましてご報告いたします。
そして、改めまして、
お忙しい中、東京まで足を運んでくださった方々、
高い会費を取られたにもかかわらず、バザーの品物を買っていただいた方々、
手間とお金をかけてまで、バザーに出品してくださった方々、
本当に多くの方にお世話になったというより、協力して頂いて、
大きな「人間の輪」をつくっていただきました。
今日のパーティーを一緒に作って頂いた方々には、
改めてお礼を申し上げます。

どうもありがとうございました。

この先の向こうへ

2011.05.17.18:58

先週末、大槌町に行ってきました。
今回は、ボランティアでも何でもなく、以前お世話になった方々に挨拶をしてくること、
そして、大槌町に何かできないか、可能性を探ってくることでした。

約3週間ぶりに踏み入れた、大槌の町。
正直な感想は、「全然風景が変わっていない」ということでした。
確かに、局所を見ると、
街の風景の部分部分をみると、
瓦礫が少しずつ撤去されたり、コンビニが営業を再開したり、
着実に復旧してきています。
でも、全体的にみると、
町並みは依然がれきの山。
そして、大勢の方々が、以前として避難所で暮らすことを余儀なくされている。

でも、復旧が進めば進むほど、
少しずつではありますが、皆さんの心の中に、
「この先」を考える余裕が出てきます。
最初のころは、とりあえず、生きるだけで精いっぱいで、
食べるものと着るもの、トイレと毛布、
そのことばかりだったのが、
今後、この先、どうしようか・・
そう思うようになってきているようです。

それは、復旧、復興へ向けた第一歩であると同時に、
多くの人の心の中に、ストレスを生みだしてしまいます。
それでも、未来のことを考えて、進んでいかなければなりません。
避けては通れないのです。
だから、大人も子供も、
お互いに辛さや悲しさを分かち合いながら、
共に泣き、共に笑うことで、このストレスを消化していってもらえたら、と
願うばかりです。

だから、僕も、僕の嫁さんも、
可能な形で、そのストレスを消化していく、お手伝いをしていきたい。

その一つとして、大槌の町に本を送って、
子どもたちと一緒に本を読む、いわゆる読み聞かせをしたいなあ、と思っています。
どうしても、小児科医と助産師というペアなので、子どもに目がいきがち、ということもありますが、
今後、復興するまで、5年、10年といった長い年月が必要になります。
そんな中、復興を担うのは、今の若者たちであり、子どもたちであります。
今の子どもたちが、自分の郷土を、
津波に襲われて、次もいつ津波が来るか分からない、
でも自分たちのふるさとである、そんな自分の郷土を、
愛して、守って、造っていけるように、見守りたいし、
できるなら、見守るだけでなく、その輪の中に入って、一緒に汗を流したいし、
そして、今の若者や子供たちが、造りなおした大槌町を、この目で見たい。

そんなことで、
長い目で、大槌とかかわっていきたいと思います。

ここに、自分の嫁が、
今週末の結婚披露パーティーで行う予定の、
チャリティーバザーのために、書いた文章を載せます。
勝手に一部、変えてますが、すばらしい文章なので、98%はそのまんまです。

先週末に家族三人で、岩手の大槌町にまた行ってきました。
今週末の結婚披露パーティーで皆様の会費から一部頂く寄付と、
パーティー中で開催するチャリティーバザーの収益金をもとに、
大槌町の子どもたちに本を贈ること、
そのプロジェクトを進めるのが、今回の大槌行きの目的でした。

大念寺という、目の前にある小学校まで火事で延焼した地域で、
奇跡的に被害がなかったお寺さんの奥様が、
大槌町で子どもたちと一緒に読み聞かせの会を主催されているというので、
その方にお会いしてきました。

津波直後、町の突き当たりにあるお寺にまで人が流されてきたこと、
みんなずぶぬれで夜を明かしたこと、
そんな中、裏山の公民館に逃げた小学生たちが素晴らしくて、
先生たちといっしょに、紅白幕を引き裂いて、そうして作った布を体に巻いて、
文句ひとつも言わずにみんなで丸まって頭をつきあわせて眠ったこと

大槌の皆さんの話を聞いていると、映画の中のような話ばかりです。
もちろん、私たちには同じ体験はないので、
本当には皆さんのご苦労を理解することは出来ませんが、
でも、同時にそんな困難を乗り越えてこられた皆さんに、深い尊敬を感じます。

大念寺の奥さんが私たちに言ってくれました。
「この子たちを今、応援しないと。
10年経ったら大槌を背負って立つのはこの子たちなんだから。」
子どもの育ちは、私たち大人の大きな喜びです。
彼らが大槌の未来を創りだしていく力となって、復興した町を見る日が来る。
その未来を創りだすための子どもたちへの本のプレゼントです。

そしてモノだけでなく、私たちが行くことで、
協力して頂いた皆様のまごころも一緒に届けられるのではないかと思っています。


というわけで、今週末、私たちの結婚披露パーティーを行い、
集まったお金を、使わせて頂きます。
来て頂ける方も、都合で来れない方も
みなさんの思いも一緒に、現地に持っていきます。

分かち合い

2011.05.11.17:25

今日で、あの地震と津波から、2か月が経ちました。

先日、野田正彰さんという方が書かれた
「災害救援」という本を読みました。

いやあ、深い。というか鋭い。
災害や大事故(日航機墜落事故など)の現場で、
物質の支援や医療支援だけをするのではなく、
まずは、被災者の心の傷を癒すことを考え、
そして、
被災者が受け身にならずに、
自立性とプライドを持って、自ら行動できるようにする、
このような内容のことを、阪神大震災直後に既に書かれていました。

阪神大震災の時、ボランティア元年と盛り上がっていたけど、
はるか昔の関東大震災の時にも、同じようにボランティアが大活躍していたことも、
始めて知りました。

AMDAの臨時チームの一員として、世界格国の被災地に行って医療を行い、
そこでの経験を持って
今回、初めて日本国内での被災地に行き、
感じたこと、思ったこと、
この作者の野田先生がスパッと書いておられます。
医者に限らず、災害後の被災地に入って何かをしたいと
考えておられる方には、ぜひ一読を勧めます。

かつて、自分が学生のころ、初めてAMDAの活動に携わったとき、
「支援を受ける側にもプライドがある」
「支援を受ける側にも固有の文化がある」
と何度も言われました。
この本にも、同じようなことが繰り返し書いてあって、
学生時代の、初心に帰る思いです。

この本を先に読んでしまうと、
「正しい災害救援をしなきゃ」
と肩に力が入ってしまうかもしれません。
でも、いくら机の上で勉強しても、
100%完璧な医療活動などできるわけではありません。
現場に行って、直接被災者の方々とコミュニケーションをとって、
同じ空気を吸って、同じ感覚を感じて、
自分の考えていたこと、やろうとしていたことを現場に合わせて修正していく。
この過程が重要なので、
誰からも尊敬される、誰からも責められることのない救援活動を
初めから目指す必要はないと思います。
ただ、核心部分のコンセプト、
「支援を受ける側にもプライドがある」
「傷ついた人こそ、自分を尊敬してほしいと思っている」
「被災者を、単に援助を受けるだけの被災者たらしめているのは、援助者である」
ということは、忘れてはいけない、非常に大事なポイントだと思います。

最後に、長くなりますが、
この本を読んだ後に、AMDAに向けて書いた原稿をここに載せます。
このことが問題になるのかどうか分らないですが、
予告なしに削除しなきゃいけなくなるかもしれません。
でも、津波から2か月が経って、この原稿を書くことで、
自分の中で、自分の行ってきた災害直後の緊急救援活動に対する、
一つのまとめになったような気がします。
被災地の方とはレベルが違うとは思いますが、
17年前の阪神大震災と同じく、
自分の人生を変えた出来事でした。
ただ、前回は、「何もできなかった」マイナスの想いだけが残ったのに対して、
今回はプラスの成分が残せたと思います。
そして、これから、引き続き、長期にわたって現地にかかわっていけるように
ただ今準備中です。


      体験を分かち合う

 私の派遣場所は大槌町であった。避難所に寝泊まりしながら、別の避難所や被災者の方のお宅へ巡回診療に伺ったり、避難所の中でボランティアで診療活動をされていた地元の開業医の先生のお手伝いをさせてもらった。
 大槌町内を移動して目にしたもの、それは、津波から十日以上も経ったのに、被害状況の把握すらできていない、壮絶な現場であった。見渡す限り、がれきの山。がれきとは言っても、数日前まで、そこに住んでいた人たちの思いが詰まった家の一部であったり、本や写真、かばんといった生活用品であったりするわけで、それを目にするだけで、数えきれない悲しみが、自分の心に突き刺さる。自分の心の中がどんどん悲しみで埋まってしまうようだった。
 そんな私を助けてくれたのが、被災された方々であった。見ず知らずの自分たちを受け入れてくれて、居場所を提供してくれた。そして、何が起きて、何を見たのか、過酷な体験を話してくれた。話を聞きながら、私も、自分が見た光景について、話していた。こうやって、お互いに辛かった体験を分かち合うことで、心の受けたダメージは幾分か回復する。私は精神科医でも心理士でもないし、このような分かち合いの場を意図的にもった訳でもない。知らず知らずのうちに、自分でそのような場を作っていた。いや、被災された方々に作って頂いた。わざわざよそ者が、被災地に来て、自分の体験したこと、感じたことを、被災者に語っているわけである。何をしに来たのか、と思う方もいると思うが、外部から来た人間にできることは、このように、生の人間が直接、お互いの顔を見ながら話をすること、体験を分かち合う機会を作ることであり、これが一番重要なことだと思う。極論を言うなら、患者さんの診察という行為も、そのきっかけに過ぎない。だから、私の前に来てくださった患者さんは、どんな病気の方でも診せて頂いた。
  被災地で、医師の代わりにロボットが患者さんを診察したり薬を配ったとしても、被災された方の体調も心の不安も良くならないだろう。地元の先生は、どんなに忙しくても、自分で問診をとり、患者さんの手に触れながら血圧を測り、長い時間をかけて話をされていた。皆の心が傷つき、疲れている中で、何が一番大切なのか、何をすればよいのか。これを教えてくださった地元の先生や被災者の方々には、心からお礼を申し上げたい。

good news & bad news

2011.05.08.23:41

みなさんこんにちは。

5月になって、いろいろと世間を騒がすニュースが出てきました。
福島原発のニュースもだいぶ扱いが小さくなり、
被災地のニュースはもっと扱いが小さくなってきた今日この頃です。

いろんなニュースがありましたが、大きく分けたら二つに分かれます。

良いニュースと悪いニュース。

まずは良いほうからいっちゃましょう。

5月5日、ようやく結婚式を挙げました。
予算の都合上、式は親族だけとなってしまいましたが。
場所は東京にある、明治神宮。
二人とも和装で、神前式希望だったので、
東京都は思えない、静かな場所で、式を挙げることができました。

婚姻届の提出、いわゆる「入籍」は、昨年末にすませちゃってましたが、
時間もお金もなかったので、式はどうしようか、迷ってましたが、
皆さんに大々的に宣伝することで、
いろんな人たちを巻き込んで、お互いに助け合って生きていくことができるんじゃないか・・
もちろん、婚姻届の用紙も、それなりに重たい意味を持っていますが、
神社のご神体の前で、誓いの言葉を読むのも、それなりに重たい意味を持っているはずです。

自分たちは、写真を撮ってる暇がなかったので、
文字ばっかりの報告になってすみません。
いつかそのうちに、写真ものせますね。
そして、親族以外の方々にも、ちゃんと宣伝しよう、ということで、
披露宴第二弾は、5/21に都内でやります。

そして、もう一つの良いニュースは、
浜岡原発の停止要請。
静岡県にある、古い設計の原発。
以前から危ない危ないと言われ続けて、それでも誰も耳を貸さなくて、
今回ようやく、政府が真面目にリスクを考えた、ということでしょう。
東海地方では、日本の自動車、あるいはその部品の大半を造っているわけで。
当然産業界からは猛反対ですが、
そんなに危ない原発に日本の基幹産業を任せて平気な顔をしていたなんて・・・


で、悪いニュース。
まずは、食中毒。
焼肉屋さんとお肉屋さんの管理が問われてますが、
なんてったって、
お肉を生で食べるということのリスクを認識していない人が多すぎる。
厚生労働省がいくら規制をがんばったところで、
100%安全な肉も魚もありえないわけで、
そんな危険な肉を小さな子供に食べさせるなんて、絶対にやめてもらわないと。
昔は、子どもに生ものは危険、ということは常識でしたが、
今の大人たちにとっては、常識ではないみたいなので、
ACのCMなんかを使って、きちんと啓発活動をしてもらいたいものです。

そして、ビンラディンの殺害。
いや~、おそろしいですね~アメリカは。
考えてほしいですが、
よその国にいる人を、
いきなり軍隊が襲って、きちんと裁判もせずに、いきなり銃殺。
そして遺体は証拠隠滅するかのように、海の底に沈められてしまう。
北朝鮮の拉致事件の比ではありません。
こんなことをされた日には、たまったもんではありません。
人権だの平和だのはどこに行ったんや!?

先週までは、週3日で当直をしつつ、結婚式をやり、ただ今かなりお疲れですが、
(今も当直の合間を縫って書いてます)
今週からは、週2回に減るので、ちょっとは楽チン。
津波の被災地からのニュースが激減してしまっているので、
もう1回、現地に行って、何が起きているのか、見てくる予定です。

「専門家」の功罪

2011.05.02.08:36

昨夜は病院で当直のバイトでした。
ちょうど勤務時間が終わった時にテレビをつけると、
「医療過疎を津波が襲った」というNHKの特集が流れていました。
以前にも同じタイトルの特集を放送していたそうですが、
その時は自分は被災地にいて、テレビを観れなかったのですが、
今回は、幸運にも観ることができました。

過疎地域で起こる、医療過疎。

これは、今に始まった問題ではありません。

地域によって、
いろんな原因があって、いろんな問題があって、
一概には語れない問題です。

自分が学生の時から気になっていたのが、
「専門家志向」という風潮です。
患者さんは、何でも「専門家」に診てもらいたがる。
でも、専門的な医療というものは、
大勢のスタッフと、器材がないと提供できません。
だから、田舎の小さな病院では、医療ができなくなる。
そのようなことを、学生時代に聞きました。

でも、
ふと考えると、
これは医者の立場からみた話であって、
医療者側を見返すと、医者の中にこそ、頑固な「専門家志向」がある。
つまり、
自分の専門以外は診察をしたがらない。
「○○病院の△△先生に診てもらいなさい」と紹介してしまう。
このことが、患者さんの負担にならなければ、そのほうがいいのでしょうが、
そうではないことが多々あります。
そして、田舎にいると、物理的に不可能なことが多い。
必然的に、専門領域以外の患者さんも診察せねばならない、
田舎の医療は、敬遠されてしまうのではないか。
こんなことも思います。

東京の病院で働く若い医師に話を聞くと、
この「専門領域内で働く」傾向が非常に強くて、びっくりしたことがあります。
いわく、「自分の専門外と判断したら、速やかによその病院にうつってもらいます」と。
自分にとっては、小児科医=内科医の中で、こどもの医療の専門家、という解釈なので、
こどもの患者が来たら、何であってもある程度は診療するのは、
専門家としては当然の使命だろ?と突っ込みたくなります。
そもそも、昔は内科の開業医の先生方もこどもの患者も診ていたのに、
「子どもは小児科に行って、小児専門の小児科医に診てもらいなさい」
としてしまったのは、小児科医自身ではないのか!?

一方、田舎での医療、「地域医療」ともいいますが、
そのようなことに興味を持つ学生や医師からは、
「地域医療の専門家になりたい」
「どこの病院に行けば、地域医療を学べますか?」なんて聞かれる。
思わず、ははは・・・と笑ってしまいます。
田舎の医療の専門家・・・
一昔前までは、そんな言葉はなかったよなあ・・・
いったいどこまで「専門家」であろうとする気なのか??

このような医師たちは、
「患者さん」ではなく、あくまで「病気」「医療体制」を治そうとしている、
そんなように見えてしまいます。
地域医療の専門を学校の中で学ぶ、とか言ってないで、
ある程度一般的なことを身につけたら、
田舎で患者さん一人一人と向き合ってくればいい。
「地域医療」だの「全人的医療」だの、
いろんな言葉はありますが、実践するのに専門的かつ普遍的な知識が必要だとは思いません。
必要なのは、その地域ごとに変わる事情であり、
その事情に対応するための応用力
そして何より、
一人の人間対一人の人間の、人と人のぶつかり合い、
つまり普通の接客業として医療を考える、
そういう視点だと思います。
そういったことは、東京だろうが、京都だろうが、福岡だろうが、
タイの中のビルマ難民だろうが、
岩手の被災地だろうが、全く変わるものではありません。

今の日本で、医師が余っている病院なんてないと思います。
別に、みんなで三陸地方に移住して働け、と言っているわけではありません。
ただ、医師の間に存在する過剰な「専門家志向」を取っ払わないと、
状況は悪化する一方のような気がします。
そして、業績も地位もお金もない、今の自分にできることは、
出会った医者や学生たちに、このような考えをぶつけてみることかな、
そして、タイでの仕事が一段落したら、なるべく早く、
岩手県の大槌・釜石に戻って働きたい、
現地で働いている医師と一緒になって働きたい、と思います。
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♥. ♠. ♣Alice
プロフィール

ハマダラカ

Author:ハマダラカ
職業:元小児科医、現在なんでも屋的医師を目指して修行中
日本を、そして海外を、自由に移動しては、
働いたり遊んだりの、
自称フリーター医師。
しばらくタイにあるビルマ難民向け病院でボランティアしてましたが
現在岩手県の被災地にある病院に来ました
関西人のつもりですが、心のふるさとは北九州市
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Toru Yoneda

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