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2012.08.29.22:54

最近、立て続けに患者さんがお亡くなりになられました。

もともと以前から具合が悪くて、
体調が良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、
亡くなって行きました。

本人もご家族も、そろそろかなぁ、っていうことは分かっておられてて、
でも、苦しい時は苦しいし、
最期の時は、悲しい。
そうなるのは、ある程度は仕方がないというか、当然だと思います。

でも、我々病院で働く医療者には、越えられない一線があります。

先日、患者さまのご家族から、このようなことを言われました。
「苦しくて苦しくて、夜も寝られない。どうか寝かしてあげて欲しい。」
でも、その患者さんは、呼吸が不安定で、
寝かせるような薬を使うと、そのまま呼吸が止まってしまう可能性が高いのです。
そのようなことが明らかな場合、我々は、睡眠薬などを使うことができません。

試しによわ~い薬を使ってみたのですが、
案の定、呼吸状態が悪くなり、意識も悪くなり、しばらく全く刺激に反応しなくなってしまいました。
弱い薬でこれなので、とても睡眠薬なんか使えません・・・ということになり、

結局、しばらくして薬がきれて、一時意識を取り戻した後、
その患者さんは亡くなったのですが、
「最後にぐっすりと寝かせて休ませてあげたかった」
とご家族はおっしゃりました。

ずっと病院に泊まり込んで、患者さんに付き添って、
毎晩毎晩自分の愛する人が苦しんで夜も眠れない、
でも病院の人は誰も何にもしてくれない、
自分にも何もしてあげれない、
こういう心境は、想像を絶する辛さだと思います。

たとえば、ガンの痛みとか息が苦しいとか、
症状によっては薬である程度コントロールできますが、
なかなかコントロールできない病気の辛さもあります。

苦しい状態で、睡眠薬を使って、
本人は楽になって眠れるのか、苦しいまま眠るのか、
自分の経験がないので分かりませんが、
少しでも眠りたい、寝かせてあげたい、という思いに寄り添うことはできます。

もう少し、みんなの「辛い気持」を和らげてあげられたかな。。。

看取りの現場にいると、
毎回毎回、自分の中では、やれることを限界まで精一杯やっているつもりでも、
後で振り返ると、
もっとできたんじゃないか、もっと気持ちに寄り添えたんじゃないか、
という思いが出てきます。
自分の中で、
患者さんやご家族との間に壁を作って、
後で罪に問われないように、自分の身を守っているんじゃないか。

ご家族の方々は、別に患者さんを殺してくれと言ってるわけじゃない。
辛い症状をとってくれ、と言ってるだけ。
なのに、
「自分が使った薬が元で呼吸が止まった場合、自分が罪に問われるんじゃないか」
という自分の都合で、薬が使えない。
確かに、自分が薬を使って、そのせいで呼吸が止まったりした場合、
後日、その現場に居合わせなかった人が、僕のことを訴えたら、
僕はおそらく犯罪者になりますが、
それが怖くて、患者さんの苦痛をとってあげられないのは、
僕に準備と勇気が足りないということだと思います。

患者さんやご家族と、迫りくる「死」を正面から迎える準備。
そして、目の前の患者さんのことを最優先に考えて行動する勇気。

大人の患者さんを見始めて一年になりましたが、
「看取り」はまだまだです
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平和ボケもまた善きかな

2012.08.17.23:44

最近、竹島問題に尖閣諸島、どこかへ消えた北方領土と、
領土問題が連日マスコミを騒がしておりますが・・・

最近増えてきた論調として
「日本人はもっと国土を守ることに力を注ぐべきだ」
「外国人になめられたらあかん」
「もっと愛国教育をしっかり」
なんてものがあります。

はるか昔に、ブログに、
「タイは国民みんなが国王夫妻を愛しているが、
その姿は実に自然で力みや無理やり感はない
そういう愛国心がうらやましい」
って書きました。

然るに、日本の愛国教育って、なんだか肩に力が入っちゃって、
素直に日本の文化や国土や人々を愛したいのに、
むりやり声の大きい人たちに命令されているような感じがあるんですよね・・・

一つの国にしろ、
人間の体にしろ、
自分たちのテリトリーを守ることは、とっても大変なことです。
常に、外敵が、テリトリーに侵入しようと隙を狙っています。
そういう侵入者を排除しようとすると、大きなコストがかかります。

国と国の問題で考えると、
それは警察や軍隊を養って、活動させなければならない。
これには莫大なお金がかかります。
人間の身体も、非常に複雑な免疫系というシステムを築いて、
自分たちの体を守ろうとします。

戦後、日本人は、「平和ボケ」と言われるように、
あまり他の国との領土紛争を真剣に扱ってきませんでした。
攻めることも攻められることも考えず、
アメリカの軍事力の傘下に入って、ぬくぬくと育ってきたのです。
こう書くと、これは非常に残念なことのように聞こえますし、
私も長年そう思ってきましたが、
よく考えると、
平和ボケになることによって、
一人一人が持っているエネルギーを、他の国との紛争ではなく、
他のことに振り向けることができる。
だから、日本はこんなにも急成長したんじゃないか、と思います。

仏教の教えの中では、
何かを「これは自分のものだ」と執着しちゃうことが、
私たちの心の平和を乱す、と教えています。
「これは自分のものだ」と考え出すと、
「これを他の人に取られないように守らないといけない」
と考えるようになり、
毎日毎日、自分のものがなくならないように、
気をつけなければなりませんし、いつも不安と恐怖でいっぱいです。
逆に、「これは自分のものではない」と考えると、
失うことを恐れる必要はなく、こころは気楽に、平和になります。

日本の島に外国人が押し寄せてきて、
それを跳ね返すことに全力を注ぐのもよいのですが、
今の日本みたいに、
相手を追い払うエネルギーを半分ぐらいにして、
侵入者にはうやむやに帰ってもらう、という方法は、
無駄にピリピリと緊張することもなく、
無駄に多額のコストを浪費することもなく、
同じ結果が得られるわけで、
最近はあまりこの問題で政府を悪く思わなくなりました。
(尖閣諸島に上陸した外国人を起訴せずに強制送還、というのは
かつての自民党の小泉政権が作った先例なんですけど)

話がそれました。
中国に国を奪われて占領されてしまったチベット。
あからさまに侵略されて、国土も文化も破壊され、
すっかり中国の植民地と化してしまいました。
でも、最高指導者のダライラマは、
別に中国政府を恨むつもりはない、と言います。
執着し、争うことにエネルギーを費やすことをせず、
平和な心持の中に生きる。
平和な心持の中で、他のことにエネルギーを費やす。

私は別に政治家ではありませんが、
こういう政策、こういう生き方、
こんなのもいいなあ、ってちょっと思いました。

平和ボケした日本人の意見、と一笑に付されそうですが、
実は、60年以上続く内戦の中を生き抜くビルマ人にも、
同じような思いを持つ人が少なくありません。
どうしても、強い声、大きな声しか周囲には聞こえてきませんが。

みんながあんまり、「尖閣を守れ」「竹島を返せ」と叫ぶから、
ちょっと反対の意見を言ってみました。
日本人ではあるけど、日本の中で唯一のふるさとというものを持たない、
だから「日本」全体が私のふるさと、と思ってる
常に流浪に生きる人間の戯言です。

日本のチベット

2012.08.16.10:04

先日、岩手県の名山、岩手山に登ってきました。

高校の時に、冬に初めて岩手県に旅行に来た時、
「なんてきれいな山なんだ」と思い、
以降、夏に来た時も、冬に来た時も、
東北に来た時は必ず山を望んだものでした。

mtiwate2.jpg

盛岡駅の陸橋から、こんな素晴らしい光景が、

バーンッ!!

って見えるんですよ。

それから20年近い歳月が経ち、
思わぬ形で、岩手県に住むことになり、
それじゃあ、あの山に登りたいなあ、って、思ってました。

尊敬している宮沢賢治も、幼少期から何度も登っているそうですし。

でも、標高は2,000mと、それなりに手ごわい山。
もちろん、この写真のような、雪が積もっている時に登るのは自殺行為なので、
夏真っ盛りの8月に、ツアーで、嫁と二人で登ることにしました。

登山道は、しっかりと整備されていて、
急な坂や危険な岩場とかもなく、歩きやすい道。
ただ、延々と山道が続きます。
聞けば、登山口からの高低差が1500mもあって、
とにかく延々歩かないといけない。
やはり、岩手県最高峰だけあります。

黙々延々歩くこと5時間で、8合目に到着。
ちょうどてっぺんのあたりの平らな所で、
春から夏にかけてはお花畑状態になってます。
ここに山小屋があって、ちょっと休憩。
写真 12-08-12 11 28 13
写真 12-08-12 12 26 59
この写真ではお花畑ではないですね・・・

ここから、最後の一頑張り。
富士山のようなガレ場&急坂を登りきると、
山頂の近く、カルデラの淵に辿りつきます
写真 12-08-12 12 43 53
一番手前がうちの嫁さん。
病み上がりで体調が今一つの中、よく頑張って登りました。

そうやって、登りきったところで目にしたものは・・・
写真 12-08-12 12 57 29
これがカルデラの淵です。
この淵を外れると右も左も急峻な崖になってます
よく見ると、道沿いに何か見えますよね・・・
写真 12-08-12 12 58 14
写真 12-08-12 13 51 55
そう、お地蔵さんであったり、石を積み上げた山だったり、
ここは、神聖な場所、信仰の場所だったんですね。

なんだか懐かしい風景だなあ、と思って考えてみると、
この光景は、チベットの風景とそっくりだ!!

チベットの奥地(インドの山奥とも言う)に、
神聖な山であるカイラスという高い山があります。
敬虔なチベット人にとって、その山の周りを巡礼するのが、一つの夢。
5000~6000m級の標高で、途中で山あり谷ありの巡礼コースを
3日ぐらいかけて歩いて、あるいは五体投地しながらまわるそうです。
大学生の時に僕もそこに行こうとしたのですが、
巡礼するどころか、そこの近くに行くためにトラックでヒッチハイクして、
車に乗りながら高山病で意識を失い、
目が覚めた時は病院の中でした。

高山病で死にかかってる外国人を、
わざわざ病院まで運んでくれたドライバー、
病院の中でも、チベット人、漢民族、他の少数民族、
日本人に韓国人旅行者、
いろんな人に助けてもらい、生きて日本に帰ることができました。
その体験が、僕の生き方・考え方の一つの原点になっています。

思わぬところで、自分のルーツを再確認させてもらうことができました。

ちなみに、カルデラの中には、大きな火口が口をあけて、
そのわきに小さな峰が立っていますが、
写真 12-08-12 13 20 00
この小高い丘のふもとには、神社があります。
写真 12-08-12 13 59 20
写真 12-08-12 13 59 35

こんなところで、ひたすら信仰と思索の中に自分の身を沈めて、
ぐるぐるとカルデラを歩き続けてみたい、
そんな誘惑にかられます。

岩手山は、見た目も非常に美しい山ですが、
外見だけなく、内面も非常に美しい山でした。
これぞ、「日本のチベット」という表現がぴったりな感じです。
写真 12-08-12 13 13 23
そして、病み上がりの中、一緒に頑張って登ってくれたうちの嫁さん、
ありがとう、そしてお疲れさまでした。

敗戦の日に

2012.08.15.21:23

毎年、終戦記念日の前後に、
NHKは第二次大戦特集の番組を放送しますが、

今日は、「なぜもっと終戦を早くできなかったのか」
ということをテーマに、番組を放送してました。

はじめて知ったのですが、
日本陸軍は、1945年6月には、ソ連が攻めてくるという情報をつかんでいました。
海軍も同じように情報をつかんでいました。

当時の政府は、ソ連に仲介を頼んでアメリカと終戦交渉を行いたい、
と考えていて、なんとかソ連と交渉できないかと模索していたらしいですが、
今から攻め込んでやろう、という国にそんな依頼をしようとしても、
うまくいくわけがなかったのでした。

戦況が日に日に悪くなり、日本全土が空襲で被害を受け、
沖縄戦で敗れ、
状況は絶望的であり、
陸軍のトップも海軍のトップも、戦争の続行は不可能と考えていて、

それでもなかなか終戦に向けての交渉を始めることができなかった。

周囲に徹底抗戦を叫びつつけ、一度振り上げた拳を下ろす大変さ、
ソ連が攻めてくることは確実、という、
自分たちに不都合な情報を受け止めることができない、頭の固さ、
陸軍、海軍、外務省、内閣首相、そして宮内省と
情報の共有ができない、縦割り。
結局、上がダラダラしてる間に、
原子爆弾が落ち、ソ連が参戦し、さらに多くの人の命が奪われることになったわけです。

まあ、当時の日本の中枢にいた人たちの問題、という訳なんですが、
話を聞いていると、何かにそっくりだな、と思いました。

そう、福島原発事故の対応です。

原発を建てたところに地震がおきるかもしれない、
津波が来るかもしれない、
そういうった自分たちに不都合な情報は黙殺し、
地震や津波に対する対策も取らず、
「事故が起きるはずがない」と言って、
事故が起きてしまった時の訓練も行わず、
一度掲げた「原発に依存した社会」の旗を降ろすことができず、
多くの利権に群がる人たちを排除できず、
国の中枢と現場で、情報は共有されず、
会議の議事録も作らず、
原子力行政を決定する人たちには電力会社から多額のお金が入り、

60年以上前の太平洋戦争の時と、全く状況が変わらない。

テレビを観ていて、本当に恐ろしくなりました。

「過ちて改めざる、これ過ちなり」というのは論語の有名な一節ですが、
まさに、今の日本も、67年前と同じく、
反省を行わず、過ちを繰り返し、
亡国の危機にあるんじゃないか、と思わざるにはいれません。

原発事故は、広島、長崎に落ちた原子爆弾と同じ意味なんだろうと思ったりします。

終戦後のインタビューで、
多くの政治家、軍人が、
情報の収集、分析、統合、決断の責任、スピード、
このあたりに大きな問題があり、
これを治さないと新たな時代は来ない、と語ってました。

自分の子どもに、
貧しくてもいいから、
平和で、生存が脅かされないような、
そんな社会を残さないといけません。
それが、親としての、小児科医としての、
重大な決断です。

看護のチカラ

2012.08.02.00:00

先月末に山陰にある自分の実家の帰ったのですが、
釜石を発つ直前に嫁が体調をこわし、
「だるい~」
「体調悪い~~」
を毎日連発してました。

僕の実家にいる間はなんとか頑張ってたのですが、
帰ってくる途中でどんどん動けなくなり、
途中東京の嫁の実家で一晩休ませてもらうことに。
でも、みなさんお忙しかったため、
衣食住から薬の準備まで、
僕が嫁の看護をしながら、ゆっくりゆっくり釜石まで帰ってきました。

体調を崩したといっても、
何か大きな病気になったというよりは、いわゆる夏カゼ、
ということで、薬で治療してもしょうがないわけで、
あとは、本人の体力です。
そして、本人の体力を最大限に発揮できるようにするのが、
「看護」だと僕は思っています。

予め断わっておきますが、
僕は、「看護」というものをきちんと学んだことはありません。
だから、僕が言うことは、適当だし、自分勝手だと思います。
基本、自分がいいと思ったセリフや文章の受け売りです。

体調が悪くなって生じる、不安な気持ちや、やり場のない怒り。
こういうとき、家族からの支えが、一番の薬になるはずです。
特に、子どもが熱を出した時、
そばに親がついててくれるかどうか、で子どもの状態は全然違います。
別に、どんなことを言わなきゃいけないとか、
どんなことをやらなきゃいけないとか、そういう義務のようなものではなくて、
ただ、そばにいて、支えてくれる、守ってくれる、
辛い気持ちや不安な気持ちを聞いてくれる、
それだけで、全然精神的な状態が違ってくるし、
当然病気の治り方も違ってくる。

でも、家族がつけないこともあるし、
家族が入れないこともあるし、
家族がついてても、まだまだ患者さんが不安なこともあるし、
そんな時こそ、看護なんじゃないかな~って思うんですよね。

何回も書いてますが、
日赤看護大の先生が、
「看護とは、本来、
患者さんの持ってる自然治癒力を最大限発揮できるようにサポートすることであって、
医者の行う治療のサポートをすることではない。」
とおっしゃってたのを聞いて、
本当に素晴らしい意見だと思います。
そして、だからこそ、
それまで医者の下僕のような存在だった看護婦を
「医者の立場からの医学」から独立させたナイチンゲールが偉大なんだと思います。

話を聴いてあげるとか、
不安や不満を聞いてあげるとか、
励ましたり慰めたりするとか、
そういうことは、なかなか「科学」にするのは難しい分野です。
西洋医学は、「科学」から発展してきたので、
扱う内容は、測定可能で、比較可能で、再現可能であることが大前提です。
つまり、患者は人ではあるけど、本質的には動物実験のマウスと変わりません。
そのような領域に、物差しで測ることのできない「感情」は持ち込めないのです。

だからこそ、「医学」が人を幸せに出来ないんだと思います。
患者さんは一人一人違うわけだし、
いろんな事情を抱えているし、
一人の患者さんの中でさえ、感情は右にも左にもぶれたりします。

そういう、科学が苦手とする領域を
「学問」として挑戦しているのが、看護です。
医者のまねごとをやりたければやればいいと思うのですが、
それで満足してしまうのは、もったいないなあ、って思います。
看護という立場だからできることもあるのに。
人ではなく、病気しか治そうとしない医者。
いつも数字しか考えようとしない医者。
そんな世の中にあって、
病気だけでなく、感情や人格を含めた、人そのものを治そうとする、看護。
学問的にみても、かなりチャレンジングな領域だと思います。

同じことを何度も書いているような気がしますが、
つまり、「病を診ず、人を診よ」がまだまだできてないんですよね。
とりあえず、今は、嫁の看護をがんばろうかと思います。

一年前

2012.08.01.21:05

今日は、8月1日。

僕が釜石市民になって、1年が経ちました。
正確には、7月の終わりごろでしたが。

今から1年とちょっと前、タイのビルマ難民病院での仕事を
まさに「一身上の都合」で辞めて
日本に帰り、
2か月ぶりに大槌・釜石の町を訪れたのでした。

来る途中、花巻の大澤温泉でまず一泊したのですが、
温泉には多数の大槌の被災者が暮らしていて
それでも、それほど暗い雰囲気でもなくて、びっくりというか、敬服というか、
ただただ驚いたこと。
釜石では、意外と簡単に旅館が見つかり、
これから意外と早く復興するんじゃないかと期待を抱いたこと、
でも、大槌に入るや否や、
かつての家々の跡に、雑草が生い茂っており、
町がそのまま自然に飲み込まれ、
そこにかつて人々の営みがあったことすら分からなくなりそうな、光景。
「夏草や町人どもが夢のあと」と思わずつぶやいてしまった、あの悲しみ。

嬉しい驚きと悲しい驚きとが、何重にも重なった、そんな訪問でした。

あれから一年。

僕はこの地で何ができたのか。

この地で何をしてきたのか。

きちんと反省もせずに、一年を過ごしてしまった。

地域の基幹病院の職員としての立場と仕事。

地域の医療への思い。

地域に住む人への思い。

決して、悪いことをやっているつもりはない。
だけど、今一つ、いろんな思いが自分の中でまとまらない。

自分の生まれ育った町が、一面雑草が生い茂る廃墟となり、
行くあてもないまま小さな仮設で過ごす人々。
彼らを目の前にして、自分は何がやりたいのか。
正解はないし、やらねばならない義務もない。
あるのは、自分の意思、自分の思いだけのはずなのに、
それがうまくまとまらない。

いろんな色の糸を、縒り合せて、
もっと太くて丈夫で、きれいなものにできないか。

立ち返る必要も、これまでの仕事をゼロにする必要もない。
この一年、釜石でしてきた仕事を基に、
自分の中のいろんな思いを、縒り合せたり、縦や横に織り込んだり、
新たな一日、新たな一年に向かっていかないと。
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♥. ♠. ♣Alice
プロフィール

ハマダラカ

Author:ハマダラカ
職業:元小児科医、現在なんでも屋的医師を目指して修行中
日本を、そして海外を、自由に移動しては、
働いたり遊んだりの、
自称フリーター医師。
しばらくタイにあるビルマ難民向け病院でボランティアしてましたが
現在岩手県の被災地にある病院に来ました
関西人のつもりですが、心のふるさとは北九州市
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Toru Yoneda

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