「祈りの長崎」
2011.08.15.22:03
今日は終戦記念日です。
松本零士の戦場漫画を愛読してきた僕にとって、
昔から、8月のNHKスペシャルは、涙なしには観ることが出来ません。
そのこととは直接関係ありませんが、
先週、九州に帰って、お世話になった多くの方々にご挨拶をした後、
嫁と息子を連れて、長崎に行ってきました。
原爆とは何ぞやを知らない息子に、原爆のことを少しでも伝えたかったのです。
去年、mixiのブログでも書きましたが、
元・北九州市民である僕にとって、長崎の原爆は、他人事ではありません。
それは、本来、長崎に落ちた原爆は、
北九州(正確には、小倉)に落ちるはずの原爆だったからです。
1945年8月9日、アメリカの爆撃機は、小倉に原爆を落とす計画だったのですが、
当日小倉上空に雲が多く
(前日に隣の戸畑や八幡を爆撃して、その影響で雲や煙が多かった、とも言われています。)
やむなく第二候補だった長崎に原爆を落としたのでした。
だから、多くの北九州市民は、
自分達の「身代わり」に長崎の人たちが犠牲になったと考えていて、
僕が小学生だった時分は、
夏になると何度も何度も原爆に関する授業を受けて、
いろんな映画や本やテレビを観て育ちました。
戦後の「ヒバクシャ」達の活動は、
「怒りのヒロシマ、祈りのナガサキ」と単純に分けてしまう人がいるぐらい、
広島と長崎で、若干行動が異なるような気がします。
原爆ドームというシンボルが残り、
積極的に国際社会で自分たちの受けた苦しみを訴え、平和を訴えたヒロシマの人たち。
それに対し、
浦上天主堂という、かつて東洋一の教会だった建物の崩れ落ちた壁を、
原爆のモニュメントにしようとしたところ、アメリカの圧力で撤去されてしまい、
「モノ」で他者に訴える、アピールすることで、平和を達成しようという形でなく、
「祈り」で被災者の苦しみを取り除き、祈る心を伝えていくことで、
世界の平和を達成しようという、ナガサキの人たち。
だからなのか、長崎には、原爆ドームのような建物が残されていない代わりに、
平和祈念像が立っています。
息子は、意外にも、
気持ち悪いとも怖いとも言わず、
人生で初めて見る原爆の資料を、何時間もかけて、
食い入るように見つめていました。
息子が何を感じ、何を考えるかは息子の自由ですが、
戦争となったらどのようなことが起きるのか、よく考えて、
その上で、自分の信念に従って生きてくれたら、と思います。
今回の震災で、原発事故が起き、
多くの人から、「政府の対応が悪い」という声を聞きます。
そして、過去の戦争に関しても、
「政府が悪い」「軍が悪い」と
他人の責任問題にしておしまい、と考えている人が非常に多いのが実情です。
確かに、政府の対応に多くの不手際はあったかもしれません。
(僕には、政府の行ったことが良かったとも悪かったとも判断できるだけの、
情報も知識もありませんが)
今回の原発事故が起きたのは、
過去何十年にわたって、自民党時代の政府が推し進めてきた原発政策そのものに問題があり、
そして、日本の国民は、原発政策を黙認してきた、
そのことに尽きると思います。
全ての原因を今の政府のせいにすることは簡単ですが、
だったらどうすればよいのか、どうすれば良かったのか、
ちゃんと対案を出して反論出来ている人はあまりいません。
そして、
原発や放射線のことに関して、どれだけの人がきちんと勉強したのか?
原発政策、それにまつわるカネの問題に関して、どれだけきちんと情報を集めたのか??
原発のコストが安いだなんていうけど、
廃棄物の処理費用を含めると、天文学的なコストが必要になって、
そのお金がないから、危険な放射線廃棄物が、日本の国土の上をゴロゴロしていることに、
どれだけの国民が気付いているのか???
僕が言いたいのは、
「いつの時代も政府が悪い」
と他人の責任にして、自分の責任を放置してしまうと、
政府が、気付かぬうちに、平和も安全も放置したまま、
戦争を進めたり、原発を建てたり、
そうなると、結局、自分の愛する家族も故郷も守ることができないのです。
戦争や事故が起きてから、今の政府が悪いといっても、後の祭りです。
そして、恐ろしいほどに、
第二次世界大戦当時の日本の政府・軍部と、
戦後から今に至るまでの日本政府の、
責任のなさ、場当たり的な対応、というのがよく似ているのです。
このまま、今の原発問題を放置していると、
あるいは、単純に「今の総理大臣が悪い」と言う問題だけにすると、
必ず、同じような事故や、あるいは戦争が、また起きるでしょう。
ある意味、今は、日本人にとって、
政府に対し、政策に対し、自分で責任を持って行動する、絶好のチャンスです。
実際にどのような意見、考えを持って、
どのように行動するかは、それぞれの人の自由ですが、
何らかの行動をしていくのは、ある意味義務だと思います。
震災があり、津波があり、そして原発事故があり、
皆さんはあまり注目しませんが、
福島原発からは、今も大量の放射線が飛散しているはずです。
その年の、原爆記念日、そして終戦記念日。
日本の人たちが、自分の責任で、動く。
そのような未来になることが、僕の今年の「祈り」です
松本零士の戦場漫画を愛読してきた僕にとって、
昔から、8月のNHKスペシャルは、涙なしには観ることが出来ません。
そのこととは直接関係ありませんが、
先週、九州に帰って、お世話になった多くの方々にご挨拶をした後、
嫁と息子を連れて、長崎に行ってきました。
原爆とは何ぞやを知らない息子に、原爆のことを少しでも伝えたかったのです。
去年、mixiのブログでも書きましたが、
元・北九州市民である僕にとって、長崎の原爆は、他人事ではありません。
それは、本来、長崎に落ちた原爆は、
北九州(正確には、小倉)に落ちるはずの原爆だったからです。
1945年8月9日、アメリカの爆撃機は、小倉に原爆を落とす計画だったのですが、
当日小倉上空に雲が多く
(前日に隣の戸畑や八幡を爆撃して、その影響で雲や煙が多かった、とも言われています。)
やむなく第二候補だった長崎に原爆を落としたのでした。
だから、多くの北九州市民は、
自分達の「身代わり」に長崎の人たちが犠牲になったと考えていて、
僕が小学生だった時分は、
夏になると何度も何度も原爆に関する授業を受けて、
いろんな映画や本やテレビを観て育ちました。
戦後の「ヒバクシャ」達の活動は、
「怒りのヒロシマ、祈りのナガサキ」と単純に分けてしまう人がいるぐらい、
広島と長崎で、若干行動が異なるような気がします。
原爆ドームというシンボルが残り、
積極的に国際社会で自分たちの受けた苦しみを訴え、平和を訴えたヒロシマの人たち。
それに対し、
浦上天主堂という、かつて東洋一の教会だった建物の崩れ落ちた壁を、
原爆のモニュメントにしようとしたところ、アメリカの圧力で撤去されてしまい、
「モノ」で他者に訴える、アピールすることで、平和を達成しようという形でなく、
「祈り」で被災者の苦しみを取り除き、祈る心を伝えていくことで、
世界の平和を達成しようという、ナガサキの人たち。
だからなのか、長崎には、原爆ドームのような建物が残されていない代わりに、
平和祈念像が立っています。
息子は、意外にも、
気持ち悪いとも怖いとも言わず、
人生で初めて見る原爆の資料を、何時間もかけて、
食い入るように見つめていました。
息子が何を感じ、何を考えるかは息子の自由ですが、
戦争となったらどのようなことが起きるのか、よく考えて、
その上で、自分の信念に従って生きてくれたら、と思います。
今回の震災で、原発事故が起き、
多くの人から、「政府の対応が悪い」という声を聞きます。
そして、過去の戦争に関しても、
「政府が悪い」「軍が悪い」と
他人の責任問題にしておしまい、と考えている人が非常に多いのが実情です。
確かに、政府の対応に多くの不手際はあったかもしれません。
(僕には、政府の行ったことが良かったとも悪かったとも判断できるだけの、
情報も知識もありませんが)
今回の原発事故が起きたのは、
過去何十年にわたって、自民党時代の政府が推し進めてきた原発政策そのものに問題があり、
そして、日本の国民は、原発政策を黙認してきた、
そのことに尽きると思います。
全ての原因を今の政府のせいにすることは簡単ですが、
だったらどうすればよいのか、どうすれば良かったのか、
ちゃんと対案を出して反論出来ている人はあまりいません。
そして、
原発や放射線のことに関して、どれだけの人がきちんと勉強したのか?
原発政策、それにまつわるカネの問題に関して、どれだけきちんと情報を集めたのか??
原発のコストが安いだなんていうけど、
廃棄物の処理費用を含めると、天文学的なコストが必要になって、
そのお金がないから、危険な放射線廃棄物が、日本の国土の上をゴロゴロしていることに、
どれだけの国民が気付いているのか???
僕が言いたいのは、
「いつの時代も政府が悪い」
と他人の責任にして、自分の責任を放置してしまうと、
政府が、気付かぬうちに、平和も安全も放置したまま、
戦争を進めたり、原発を建てたり、
そうなると、結局、自分の愛する家族も故郷も守ることができないのです。
戦争や事故が起きてから、今の政府が悪いといっても、後の祭りです。
そして、恐ろしいほどに、
第二次世界大戦当時の日本の政府・軍部と、
戦後から今に至るまでの日本政府の、
責任のなさ、場当たり的な対応、というのがよく似ているのです。
このまま、今の原発問題を放置していると、
あるいは、単純に「今の総理大臣が悪い」と言う問題だけにすると、
必ず、同じような事故や、あるいは戦争が、また起きるでしょう。
ある意味、今は、日本人にとって、
政府に対し、政策に対し、自分で責任を持って行動する、絶好のチャンスです。
実際にどのような意見、考えを持って、
どのように行動するかは、それぞれの人の自由ですが、
何らかの行動をしていくのは、ある意味義務だと思います。
震災があり、津波があり、そして原発事故があり、
皆さんはあまり注目しませんが、
福島原発からは、今も大量の放射線が飛散しているはずです。
その年の、原爆記念日、そして終戦記念日。
日本の人たちが、自分の責任で、動く。
そのような未来になることが、僕の今年の「祈り」です
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