緩和医療研修会
2012.09.29.23:42
今日は、うちの病院で、「緩和ケア研修会」というものがありました。
半分強制、半分興味があって、参加したのですが・・・
内容はともかく、
緩和ケアの現場に、なくてはならないもの。
それは、「患者さんの命は誰のもの?」という認識です。
今の病院に来て、驚かされることがあるのが、
高度先進医療を行っている病院で、ガンの治療を受けたけど、
最後には改善が見込めない状態となった。
緩和ケアをよろしく、という形で患者さんが紹介されてきます。
なのに、患者さんは、自分の体の状態も知らない、
今後どのような症状が出てくるかも知らない、
そして、余命がどれくらいか、も知らない。
ただ単に、家族が住んでいる土地の病院に移ってきた、
それだけしか知らされていないことが多々あります。
そして、
ご家族に、「本当のことは言ってはいけないのですか?」
と尋ねても、
たいていは、「それはやめてほしい」
という形になる。
すべてのご家族と深く接してきた訳ではありませんが、
本当は、家族だって、本当のことを言わなかったことに
幾ばくかのやましい気持ちは持っていると思います。
ただ、本人がショックを受けた時、
ショックに打ちひしがれる本人を受け止める勇気がない。自信がない。
そして、
医療者も、周囲の人も、
悲嘆にくれる患者さんやご家族を受け止める勇気がない。
そうなると、
「臭いものにはフタ」のような感じで、
「死」というものが忌み嫌われ、
幾重にも蓋をされて、
どこか遠くに隠されてしまうのです。
で、結局、
本人は、訳も分からぬまま、最後の時を迎える羽目になる。
10年ほど前、僕がまだ小児科の研修医だったころ、
小児のがんの患者にどこまで本当の病名を伝えるか、
大きな問題になっていました。
5歳、6歳ぐらいになると、
きちんと話せば、病名が分かる。
将来どうなるかが分かってくる。
同じ病気だった○○くんや○○ちゃんが、
いつのまにかいなくなって、どこか遠くに行ってしまうのも分かる。
そのようなとき、
どうやって本人に病気のことを伝えるか、ご家族に伝えるか、
そして、支えるか。
とても大きな問題でした。
それから10年が経ち、今の職場に来て、
理解力のしっかりした大人の患者さんですら、病名を知らされない現実が、
日本にまだあったんですね・・・・
患者さんの命は患者さんのもの、
なのに、本人に病名を知らせないまま医療を行うのは、
はっきり言って詐欺行為です。
そして、
家族に病名告知をためらわせる環境をつくるのは、
われわれ医療者側の怠慢だと思います。
決して患者さん側の問題ではありません。
社会的、心理的、精神的、宗教的、そして医学的、
いろんな側面から、本人と家族を支えていく、
それも、いろんな専門家に任せてしまうのではなく、
専門家と相談しながら、
主治医と看護師がリーダーシップをとって環境づくりをする、
そういう雰囲気ができてこないと、
緩和ケア研修会=痛みどめの使い方研修会
になってしまいます。
とてつもなく大きな問題を抱え、立ちすくんでしまい、
誰にも相談できずにいる患者さんとそのご家族、
その人たちをきちんとケアしたいなら、
ある程度踏み込んで、家族の中に入っていかないといけません。
その勇気と覚悟と信念があるのか、
医療者側が問われている気がします。
半分強制、半分興味があって、参加したのですが・・・
内容はともかく、
緩和ケアの現場に、なくてはならないもの。
それは、「患者さんの命は誰のもの?」という認識です。
今の病院に来て、驚かされることがあるのが、
高度先進医療を行っている病院で、ガンの治療を受けたけど、
最後には改善が見込めない状態となった。
緩和ケアをよろしく、という形で患者さんが紹介されてきます。
なのに、患者さんは、自分の体の状態も知らない、
今後どのような症状が出てくるかも知らない、
そして、余命がどれくらいか、も知らない。
ただ単に、家族が住んでいる土地の病院に移ってきた、
それだけしか知らされていないことが多々あります。
そして、
ご家族に、「本当のことは言ってはいけないのですか?」
と尋ねても、
たいていは、「それはやめてほしい」
という形になる。
すべてのご家族と深く接してきた訳ではありませんが、
本当は、家族だって、本当のことを言わなかったことに
幾ばくかのやましい気持ちは持っていると思います。
ただ、本人がショックを受けた時、
ショックに打ちひしがれる本人を受け止める勇気がない。自信がない。
そして、
医療者も、周囲の人も、
悲嘆にくれる患者さんやご家族を受け止める勇気がない。
そうなると、
「臭いものにはフタ」のような感じで、
「死」というものが忌み嫌われ、
幾重にも蓋をされて、
どこか遠くに隠されてしまうのです。
で、結局、
本人は、訳も分からぬまま、最後の時を迎える羽目になる。
10年ほど前、僕がまだ小児科の研修医だったころ、
小児のがんの患者にどこまで本当の病名を伝えるか、
大きな問題になっていました。
5歳、6歳ぐらいになると、
きちんと話せば、病名が分かる。
将来どうなるかが分かってくる。
同じ病気だった○○くんや○○ちゃんが、
いつのまにかいなくなって、どこか遠くに行ってしまうのも分かる。
そのようなとき、
どうやって本人に病気のことを伝えるか、ご家族に伝えるか、
そして、支えるか。
とても大きな問題でした。
それから10年が経ち、今の職場に来て、
理解力のしっかりした大人の患者さんですら、病名を知らされない現実が、
日本にまだあったんですね・・・・
患者さんの命は患者さんのもの、
なのに、本人に病名を知らせないまま医療を行うのは、
はっきり言って詐欺行為です。
そして、
家族に病名告知をためらわせる環境をつくるのは、
われわれ医療者側の怠慢だと思います。
決して患者さん側の問題ではありません。
社会的、心理的、精神的、宗教的、そして医学的、
いろんな側面から、本人と家族を支えていく、
それも、いろんな専門家に任せてしまうのではなく、
専門家と相談しながら、
主治医と看護師がリーダーシップをとって環境づくりをする、
そういう雰囲気ができてこないと、
緩和ケア研修会=痛みどめの使い方研修会
になってしまいます。
とてつもなく大きな問題を抱え、立ちすくんでしまい、
誰にも相談できずにいる患者さんとそのご家族、
その人たちをきちんとケアしたいなら、
ある程度踏み込んで、家族の中に入っていかないといけません。
その勇気と覚悟と信念があるのか、
医療者側が問われている気がします。
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