12月は、私が生まれた月であります。
そのためなのか、
単に寒くなって活動性が下がるからなのか、
12月になると、
自分が何者で、どこから来て、どこに向かおうとしているのか、
部屋の隅にこもってウジウジと考えてしまう時間が増えます。
僕は、今、釜石にいますが、
釜石になんでいるのか?
釜石で何がしたいのか?
そして、この先何をしようとしているのか??
日中は仕事が空いてる時間が多いこともあり、
椅子に座って、パソコンに向かって、
箱庭から見える空を眺めながら、
頑張って仕事をするわけでもなく、
今後に向けて何かを勉強する訳でもなく、
そして時間を浪費する、というほどの積極さでもなくて
頭の中では粘っこい悩みが無意味に渦巻いて、
体の方は、
ただただ周囲が回す時間の流れに
半分浮かんで、半分沈んで、時々ごろりと転がる石ころのような、
そんな重苦しい、時間が毎日過ぎていきます。
何も考える暇もないほど仕事に熱中したり、
タイ・メソットにいた時のように、
ただただ毎日生きることに必死だったり、
そんな時は余計なことを考えずにすむからいいんですけど、
12月は本当に普通の生活を送るのが大変な月です。
中途半端に、やってみたいと思ってることは山ほどあって、
でも、どの夢にもきちっと向き合って取り組んでないから、
何もできないまま仕事でなんとなくの仕事を続け、
自分の専門性を伸ばす訳でもなく、
自分の守備範囲を広げる訳でもなく、
何も進んでいかないから、
夢の多さと大きさに、自分が押しつぶされそうになります。
あ~やだやだ。
高い給料もらいながら
だらだら働いて、うじうじ悩んで、周囲に迷惑かけて、何やってんねん・・・・?
つべこべ言わずに、働らかんかい!?
こんな時は、何も考えずに、
剣道をするか、
道路の上を走るか、
山の上にでも登るか、
そんなことをしてる間は、
前向きに、いろんな建設的なアイディアが出てくるんですけどね。
やっぱり、「健全な精神は健全な肉体に宿る」
もっともっと体を動かして、
血を巡らして気を巡らして、
その後で、
もういちど、自分が釜石にいる意義と意味を、見つめなおしていかないと。
今日は早く帰ったので、久しぶりにジョギングした後、
テレビを見ながらご飯、だなんて贅沢な生活。
NHKでは、世界遺産にまつわるお話をやってました。
世界遺産、やっぱり、なんだかんだ言っても、いいですよね~
その昔、僕も世界のいろんな遺跡を巡ろうとしてました。
イスタンブールのトプカプ宮殿、
イラン・イスファハーンの王の広場、
中国にあるシルクロードの遺跡、
いろいろ見て回りましたが、
こういう遺跡が感動を呼ぶのは、
これらが人間によってつくられたからであり、
その裏にはいろんなドラマが隠れているからなんじゃないか、
って時々思います。
ま、単純にきれいだから、とか、スケールが大きいから、とか、
そんな理由もあるでしょうが。
そして、記憶に残っているのは、
遺跡そのものより、
そこで出会った地元の人だったり、旅行者だったりで、
結局は、人と人のつながりなんですよね。
世界遺産そのものより、
世界遺産が縁で出会うことができた、人と人のつながり。
いろんな人と出会うことで、
いろんな世界がパッと広がります。
それは、死んだ昔の偉人だとか、遺跡だとか、
過去のものと出会った時と、
新たな世界の広がるスピード感が全然ちがう、
そして、
もっと桁違いにキラキラしている、
そういう素敵なものです。
岩手でも、平泉の中尊寺が世界遺産に認定されましたが、
遺産そのものより、
そこで旅行者がどのような人と出会えて、どのような話が聞けるのか、
そういうところにも興味があるし、
岩手の人間としては、
外から来て頂いた旅行者の人達に、
どのようにおもてなしができるか、問われているように思えます。
昨日、今日と、小児救急の勉強会に行ってきました。
なんせ、ほとんどといっていいほど小児の臨床をやらなくなって一年が経ち、
日本の小児医療に携わらなくなって、二年が経ち、
どんどん知識も技術も自分の体から抜けていくのを感じながら、
それでもやっぱり、自分は「小児科専門医」であり続けたいと思うので、
少しでも、最新の知識に触れ続けておきたい、
日本の小児科医の中で、先頭を走り続けている先生たちとコンタクトをとり続けて痛い、
そういう思いが、僕を頻回の勉強会参加へと駆り立てます。
今回の勉強会も、
一方的な講義ばかりではなくて、
実際にロールプレイを演じたり、エコーを触ったりと、
体を動かしながらの勉強会で、
楽しく参加することができました。
でも、最近、勉強会に出続けていて、
何だか、むずかゆい感じをよく覚えるようになりました。
なんだろう、この感覚・・・
・・・そう、勉強会なり学会に参加して、インプットは定期的に入るのですが、
全然自分からアウトプットを出してないな・・・
自分の経験と照らし合わせることもなく、
臨床に応用することもなく、
学会で発表することもなく、
ただただ、人の話を聞くレベルで終わってしまってる。
以前は、学会に参加する時は、
必ず何か発表して、
誰かの発表に質問したり、突っ込んだりして、
と、活発に情報の出し入れをやってました。
もちろん、同じ病院の医者同士で、
新たな知見についてディスカッションしたり、
実際に臨床で応用したりと、
どんどん情報を噛み砕いて、消化して、使ってみて、
自分が考えたことを別の機械で発表する、
ということが当然のように、一連の流れとしてできていた。
でも、今はそれがない。
成人の救急に関することや、
いわゆる「総合診療科」「プライマリーケア」といった話題なら、
自分の日々の業務に応用できるのですが、
見よう見まねで今の総合診療科の仕事を始めてまだ一年、
指導医もなく、院内でのディスカッションもなく、
学会で発表できるようなネタが出てこないのが現状です。
とりあえず、自分の中でモヤモヤしてるものが一つ見つかったので、
来年度の目標として、何でもいいから学会で発表!を目指します。
なんだかんだ言って
集まりがあると、自分が何かしゃべって、一瞬でも目立つ時間がないと、
すっきりしないんですよね~
年とともにおしゃべりになってきたのか、関西人のDNAのためか、分りませんが。
実は、来春の小児科学会は、はるか昔に演題募集を締め切ったので、
どこの学会に演題をだそうかな・・・
今夜、久々に大きな地震がありました。
岩手県で震度が4~5
震度もさることながら、持続時間が非常に長い。
当時、自分は勤務先の病院にいましたが、
いつまでたってもグラグラ、グラグラ、と揺れ続けます。
これはやばい、っとすぐさま皆が判断し、
部屋のドアをあけ、
パニックになってる患者がいないか、
人工呼吸器など使っている患者がいないか、確認して回り、
ケータイの電波が入るうちにスマホで情報を集めたり、
テレビやラジオで情報を収集したり、
緊張感が病院内を支配します。
一通り、入院患者の安全を確認し、
釜石市に大きな津波が押し寄せてはいなさそう、と判断し、
一段落ついたところで考えるのが、家族の安否。
息子はちょうど学校からの下校時間。
無事に家にたどり着いたんだろうか?
妻は大槌で働いているけど、大丈夫なんだろうか??
もちろん電話はつながらないし、
メールもスムーズにはやり取りできないので、
基本的には祈るしかありません。
うちの病院は、
大きな地震があった際には、職員は病院に集合して院内で待機することが決まりです。
でも、自分の子どもがどこでどうしてるか誰も確認できない状況では、
とても働くことはできません。
病院の中のパソコンから、facebookに、自分が生きていることを投稿したあと、
同僚にごめんねといいながら、
息子がちゃんと家にたどり着いたかどうか確認するために、
一度、家まで歩いて帰ることにしました。
道中、暗い街の中、
緊急車両の回転灯の赤い光が暗闇を照らし、
津波注意報が発令されたことを伝えるサイレンと防災放送が
夜空いっぱい響きます。
このサイレンと防災放送、まるで
映画に出てくる戦時中の空襲警報のようで、
本当に、頭の中までガンガン響くんですよ。
釜石には津波は来ていないはず、と分かっていても、
吐き気がしそうなぐらい気持ち悪くて、
心の中は、どんどん不安になっていきます。
途中、スーパーで、
ライフラインが止まっても食べられるようにと、
お惣菜をいっぱい買って帰りました。
(3/11の時は、お惣菜に加えレトルト食品も買ったけど、ガスが止まって食べられなかった)
幸い、家に帰ると、部屋の窓には灯りがともり、
息子は元気に家にいてくれました。
良かったね、と言葉を交わし、
買ってきた山盛りのお惣菜を置いて、
とんぼ返りで、車で病院に戻りました。
(車には非常食や燃料の携行缶などいろいろ積んであります)
結局、9時過ぎに家に帰ったのですが、
みんなが無事に家に買ってきたのを確認しただけで、
一気にほっとしてしまいました。
もう、他のことはどうでもいいような、そんな感じでした。
・・・家事の量が減ることはないですけど。
やっぱり、何か起きた際には、
家族一緒にいられることが、一番です。
そして、電話でもメールでもなく、
実際に実物の家族と会って、話をすることが、一番です。
当たり前ですが、それを深く実感した、一日でした。
今の釜石の病院に来て1年がたって、
今、一番興味のある仕事と言うと、
それは、看護師たちとの勉強会です。
勉強会をやろうとおもった、そもそものきっかけは、
病院の救急室で働く看護師が、
救急室専任の看護師ではなく、
いろんな部署で働く看護師が、
その日その日の"当番"という形で働きに来るので、
知識も経験もバラバラで、
全体的な底上げとレベルの統一を図りたかった、
というのがあります。
そして、二番目の理由は、自分の勉強のため。
いろいろな講習会や研修で得た知識を、
自分の中だけにため込んでても、何の役にも立ちませんが、
外に向けてアウトプットすることで、
周囲に知識を広めるとともに、何より、自分の勉強なります。
そんなこんなで、この秋から、
時間に余裕があって意欲のある看護師を相手に
勉強会を始めてみました。
始めてみてわかったのは、
みんなレベルの高い知識や経験を持っているということ。
この感覚は、そう、懐かしのメータオクリニックで
レクチャーをやってたときと同じ。
参加者にどんどん聴いていくと、
エレガントな意見が帰ってきます。
みんな、きちんといろいろ分ってた上で、
医者に遠慮して、自分の知識を出さないでいるんだ!
ただ、「知識」ではなく「経験」で覚えている人もいるので、
そういう人に、学術的な「根拠」「理屈」を伝えることで、
彼女たちがもっと自信を持って動けるようになってほしいし、
多くの重症患者が同時に来ても、
医者と共通の認識の上で、いろんな処置の順番を予測しながら動けると、
スムーズに、ストレスなく働けるんじゃないかな、って思います。
なので、参加者に一方的に僕が「教える」ではなく、
参加者が自ら体と口を動かしてもらって、
看護師にも医者の役をやってもらいながら、
一緒に勉強できる、そんな姿を理想としてやってます。
今日観たNHKの「世界イチバン」という番組で、
MIT(マサチューセッツ工科大学)のラボの紹介をしていました。
そこでのキーワードは、「多様な人たちのつながり」でした。
様々なバックグラウンドを持つ人たちが集まって、
互いに情報を交換しながら、様々な発明をしていく、というスタイル。
よく考えてみれば、
ソーシャルネットワークの発達により、
瞬時に世界中の人たちと情報を交換できる時代となりました。
一人で考えるより、三人寄らば文殊の知恵、です。
しかし、残念ながら、医療現場では、
様々な職種の人たちが集まりながら、
お互いを理解できず、コミュニケーションが取れず、
互いにケンカしてばかり、ということが往々にあります。
自分もすぐに怒ったり怒鳴ったりで、
お世辞にもコミュニケーションが上手とは言えません。
なんとか、スタッフ同士のコミュニケーションを良くして、
お互いがお互いを判りあって、理解し合えれば、
いろんなアイディアも出るだろうし、
一つの集団のポテンシャルは飛躍的に向上すると思います。
昔なら、「じゃあ、一緒に飲みに行くか」となったのでしょうが、
(今でもそれは重要ですが)
お酒だけに頼らない、新たなコミュニケーションの方法を探って、
職場の風通しを改善し、
楽しく、そして高いパフォーマンスの仕事を
みんなで作っていけるようになれば、と常に思います。
なんだか話が脱線した気もしますが、
ソーシャルネットワークでみんながつながるように、
職場の各部署の各職種の人たちが、
みんなで一つになれるような、
そんな職場をデザインしていきたいですね