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下関で感じたぬくもり

2012.12.03.00:13

遅くなりましたが、
先月の初め、下関のマラソン大会に参加しました。

以前、北九州の病院で働いていた時、
生まれつきの病気を持つ双子がいて、
病気のために、普段は車いすで生活をしているのですが、
かれらが去年、そのマラソン大会に出た!ということで、
じゃあ僕も参加しよう、という軽いノリで参加しました。
ただ、コースがフルマラソンと、後は5kmと2kmしかない、という
極端な構成だったので、
仕方なくフルマラソンにしたわけです。

フルマラソンの挑戦は2回目、100kmマラソンも合わせると3回目
前2回はいずれも途中であえなく撃沈、
そろそろ3度目の正直といきたいところでした。

で、エントリーの時に、「これは震災のチャリティーマラソンなので、
賛同者の方は数百円払って頂けると、それを全額支援に使います」
という案内がありました。
岩手からはるばる行って、さらにお金を払うのも変な感じでしたが、
往復で10万円近い旅費を払っていくわけで、
数百円ぐらい、たいしたことはありません。
チャリティーにもお金を払って、いざ出走です。

当日朝、会場に着いてびっくり
チャリティーに賛同した人は背中に
「下関から響け!東北への思い」
というゼッケンを貼って走るのですが、
おおくのランナーがゼッケンを貼ってて、びっくり。

正直いって、下関って本州の西の端っこ。
東北のとの字もないぐらい、全く世界が違います。
釜石を出る時は凍てつくような寒さだったのに、
下関では余裕で半そでであるけるぐらい、暖かい。
周りを見回しても、東北の匂いはまったくありません、
そんな世界に住みながらも、
心のどこかで東北のことを考えてくれていて、
何か力になってあげたい、って思ってたんだ、って思うと、
それだけで、来て良かったな~、って思えました。


レースは、当日朝に脂っこいおにぎりを食べすぎたせいか、
途中で何度も吐きながら、
それでもなんとか5時間かけて、完走しました。
気持ち悪かろうが足が痛かろうが、
大勢の人が東北を応援してくれている中で、
東北から来た人間がリタイアなんてできません!

震災を風化させないためには、
ひたすら「震災」だとか「津波」といった文字を
目で見たり口に出すしかありません。
現実的に、多くの西日本の人たちは、
もう東北は元に戻っている、って思っているわけで、
とんでもない!って言うには、
東北の人間があちこち出張って声を上げるしかないのです。

・・・今回は、走るのに精いっぱいで、あまり声を上げることはできませんでしたが、
それでも、機会があれば、いろんな土地に出向いて、
いろんな地域の人たちに、今の東北の現状を話していきたいと思います。
それと同時に、いろんな地域の人たちの温かい気持ちを
受け取っていきたいと思います。

写真 (1)

写真 (4)

誕生日

2012.12.02.00:00

医者として、最低限やりたいことの中に、
1日数回患者さんのところへ行き、
じっくりと患者さんやそのご家族とお話をする、
というのがあります。
それが、ここ数カ月はあまりできていなかった。
他の病院から応援に来てくださる先生がいたこともあり、
一人の患者さんにこれまで以上に時間を使うことができるようになったはずなのに、
いろんな仕事を他の医者に任せて、
あまり仕事をしなくなっていて、病棟ですごす時間も減らすようになり、
当然ながら患者さんやご家族とのコミュニケーションもとれなくなっていました。
そんな状態で働くのは、ものすごく気持ちが悪いもので、
それをごまかしながら、気づかないふりをしながら働いてましたが、
この一週間は、二日酔いさながらに
激しい頭痛と吐き気に襲われ(腹部症状はないから胃腸炎じゃないですよ!)
もうとても働けない!ってなって、
今日を迎えました。

後輩の医者がいたら、仕事を任せなきゃ、と思うのですが、
任せるのと手を抜くのは、ちがうんですね、
僕の場合は、任せるではなく、ただ自分が手を抜いていただけ。

さらに、気持ちが不安定になってくると、
自分と向き合うこともせず、
何がしたいのか、何をやろうとしているのか
何をやらねばならないのか、
考えることもなく、
ただひたすらに予定を詰め込んで
忙しいフリをして、ごまかしてました。

まあ、サボろうがなんだろうが、
他人に迷惑をかけなければいいんですが、
今週は自分の周囲の人たちにいろいろとご迷惑をおかけするようになり、
もうこれはヤバイ!ということで、
一旦強制終了。
今日からしばらくの予定は全てキャンセルにして、
今日は朝から重症な患者さんのところへ行き、診察をして、検査をして、ご家族と面談して、
といつもの自分の生活に戻して、
仕事が終わったら家に帰ってただただ家族とリラックスすることにしました。

もともと、僕の誕生月である12月が迫ると、
一年間の失敗と反省が頭の中に押し寄せて、
でも何ら打開策を見出す訳ではなくただひたすらに悶々として、
調子の悪い日々を過ごすことが多かったのですが、
今年は久々に調子の悪い11月になりました。
調子が悪いと、イライラするようになり、
そのイライラを周囲の人たちにぶつけてしまって、
うまくいかないことの原因を周囲に押し付けてしまって
そうなると、どんどん悪循環です。

体調が悪い時ほど、
物事はシンプルに考えて、シンプルに行動する。
自分のいつものリズムで病院で働いて、
一流と呼ばれている人たちの残した名言集なんかを読んでみて、
後は、少し自分の世界に入って自分の世界で自分のやりたいことをやろうと思います。

緩和医療研修会

2012.09.29.23:42

今日は、うちの病院で、「緩和ケア研修会」というものがありました。

半分強制、半分興味があって、参加したのですが・・・

内容はともかく、
緩和ケアの現場に、なくてはならないもの。
それは、「患者さんの命は誰のもの?」という認識です。

今の病院に来て、驚かされることがあるのが、
高度先進医療を行っている病院で、ガンの治療を受けたけど、
最後には改善が見込めない状態となった。
緩和ケアをよろしく、という形で患者さんが紹介されてきます。
なのに、患者さんは、自分の体の状態も知らない、
今後どのような症状が出てくるかも知らない、
そして、余命がどれくらいか、も知らない。
ただ単に、家族が住んでいる土地の病院に移ってきた、
それだけしか知らされていないことが多々あります。
そして、
ご家族に、「本当のことは言ってはいけないのですか?」
と尋ねても、
たいていは、「それはやめてほしい」
という形になる。

すべてのご家族と深く接してきた訳ではありませんが、
本当は、家族だって、本当のことを言わなかったことに
幾ばくかのやましい気持ちは持っていると思います。
ただ、本人がショックを受けた時、
ショックに打ちひしがれる本人を受け止める勇気がない。自信がない。
そして、
医療者も、周囲の人も、
悲嘆にくれる患者さんやご家族を受け止める勇気がない。
そうなると、
「臭いものにはフタ」のような感じで、
「死」というものが忌み嫌われ、
幾重にも蓋をされて、
どこか遠くに隠されてしまうのです。

で、結局、
本人は、訳も分からぬまま、最後の時を迎える羽目になる。

10年ほど前、僕がまだ小児科の研修医だったころ、
小児のがんの患者にどこまで本当の病名を伝えるか、
大きな問題になっていました。
5歳、6歳ぐらいになると、
きちんと話せば、病名が分かる。
将来どうなるかが分かってくる。
同じ病気だった○○くんや○○ちゃんが、
いつのまにかいなくなって、どこか遠くに行ってしまうのも分かる。
そのようなとき、
どうやって本人に病気のことを伝えるか、ご家族に伝えるか、
そして、支えるか。
とても大きな問題でした。

それから10年が経ち、今の職場に来て、
理解力のしっかりした大人の患者さんですら、病名を知らされない現実が、
日本にまだあったんですね・・・・

患者さんの命は患者さんのもの、
なのに、本人に病名を知らせないまま医療を行うのは、
はっきり言って詐欺行為です。
そして、
家族に病名告知をためらわせる環境をつくるのは、
われわれ医療者側の怠慢だと思います。
決して患者さん側の問題ではありません。
社会的、心理的、精神的、宗教的、そして医学的、
いろんな側面から、本人と家族を支えていく、
それも、いろんな専門家に任せてしまうのではなく、
専門家と相談しながら、
主治医と看護師がリーダーシップをとって環境づくりをする、
そういう雰囲気ができてこないと、
緩和ケア研修会=痛みどめの使い方研修会
になってしまいます。

とてつもなく大きな問題を抱え、立ちすくんでしまい、
誰にも相談できずにいる患者さんとそのご家族、
その人たちをきちんとケアしたいなら、
ある程度踏み込んで、家族の中に入っていかないといけません。
その勇気と覚悟と信念があるのか、
医療者側が問われている気がします。

2012.08.29.22:54

最近、立て続けに患者さんがお亡くなりになられました。

もともと以前から具合が悪くて、
体調が良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、
亡くなって行きました。

本人もご家族も、そろそろかなぁ、っていうことは分かっておられてて、
でも、苦しい時は苦しいし、
最期の時は、悲しい。
そうなるのは、ある程度は仕方がないというか、当然だと思います。

でも、我々病院で働く医療者には、越えられない一線があります。

先日、患者さまのご家族から、このようなことを言われました。
「苦しくて苦しくて、夜も寝られない。どうか寝かしてあげて欲しい。」
でも、その患者さんは、呼吸が不安定で、
寝かせるような薬を使うと、そのまま呼吸が止まってしまう可能性が高いのです。
そのようなことが明らかな場合、我々は、睡眠薬などを使うことができません。

試しによわ~い薬を使ってみたのですが、
案の定、呼吸状態が悪くなり、意識も悪くなり、しばらく全く刺激に反応しなくなってしまいました。
弱い薬でこれなので、とても睡眠薬なんか使えません・・・ということになり、

結局、しばらくして薬がきれて、一時意識を取り戻した後、
その患者さんは亡くなったのですが、
「最後にぐっすりと寝かせて休ませてあげたかった」
とご家族はおっしゃりました。

ずっと病院に泊まり込んで、患者さんに付き添って、
毎晩毎晩自分の愛する人が苦しんで夜も眠れない、
でも病院の人は誰も何にもしてくれない、
自分にも何もしてあげれない、
こういう心境は、想像を絶する辛さだと思います。

たとえば、ガンの痛みとか息が苦しいとか、
症状によっては薬である程度コントロールできますが、
なかなかコントロールできない病気の辛さもあります。

苦しい状態で、睡眠薬を使って、
本人は楽になって眠れるのか、苦しいまま眠るのか、
自分の経験がないので分かりませんが、
少しでも眠りたい、寝かせてあげたい、という思いに寄り添うことはできます。

もう少し、みんなの「辛い気持」を和らげてあげられたかな。。。

看取りの現場にいると、
毎回毎回、自分の中では、やれることを限界まで精一杯やっているつもりでも、
後で振り返ると、
もっとできたんじゃないか、もっと気持ちに寄り添えたんじゃないか、
という思いが出てきます。
自分の中で、
患者さんやご家族との間に壁を作って、
後で罪に問われないように、自分の身を守っているんじゃないか。

ご家族の方々は、別に患者さんを殺してくれと言ってるわけじゃない。
辛い症状をとってくれ、と言ってるだけ。
なのに、
「自分が使った薬が元で呼吸が止まった場合、自分が罪に問われるんじゃないか」
という自分の都合で、薬が使えない。
確かに、自分が薬を使って、そのせいで呼吸が止まったりした場合、
後日、その現場に居合わせなかった人が、僕のことを訴えたら、
僕はおそらく犯罪者になりますが、
それが怖くて、患者さんの苦痛をとってあげられないのは、
僕に準備と勇気が足りないということだと思います。

患者さんやご家族と、迫りくる「死」を正面から迎える準備。
そして、目の前の患者さんのことを最優先に考えて行動する勇気。

大人の患者さんを見始めて一年になりましたが、
「看取り」はまだまだです

平和ボケもまた善きかな

2012.08.17.23:44

最近、竹島問題に尖閣諸島、どこかへ消えた北方領土と、
領土問題が連日マスコミを騒がしておりますが・・・

最近増えてきた論調として
「日本人はもっと国土を守ることに力を注ぐべきだ」
「外国人になめられたらあかん」
「もっと愛国教育をしっかり」
なんてものがあります。

はるか昔に、ブログに、
「タイは国民みんなが国王夫妻を愛しているが、
その姿は実に自然で力みや無理やり感はない
そういう愛国心がうらやましい」
って書きました。

然るに、日本の愛国教育って、なんだか肩に力が入っちゃって、
素直に日本の文化や国土や人々を愛したいのに、
むりやり声の大きい人たちに命令されているような感じがあるんですよね・・・

一つの国にしろ、
人間の体にしろ、
自分たちのテリトリーを守ることは、とっても大変なことです。
常に、外敵が、テリトリーに侵入しようと隙を狙っています。
そういう侵入者を排除しようとすると、大きなコストがかかります。

国と国の問題で考えると、
それは警察や軍隊を養って、活動させなければならない。
これには莫大なお金がかかります。
人間の身体も、非常に複雑な免疫系というシステムを築いて、
自分たちの体を守ろうとします。

戦後、日本人は、「平和ボケ」と言われるように、
あまり他の国との領土紛争を真剣に扱ってきませんでした。
攻めることも攻められることも考えず、
アメリカの軍事力の傘下に入って、ぬくぬくと育ってきたのです。
こう書くと、これは非常に残念なことのように聞こえますし、
私も長年そう思ってきましたが、
よく考えると、
平和ボケになることによって、
一人一人が持っているエネルギーを、他の国との紛争ではなく、
他のことに振り向けることができる。
だから、日本はこんなにも急成長したんじゃないか、と思います。

仏教の教えの中では、
何かを「これは自分のものだ」と執着しちゃうことが、
私たちの心の平和を乱す、と教えています。
「これは自分のものだ」と考え出すと、
「これを他の人に取られないように守らないといけない」
と考えるようになり、
毎日毎日、自分のものがなくならないように、
気をつけなければなりませんし、いつも不安と恐怖でいっぱいです。
逆に、「これは自分のものではない」と考えると、
失うことを恐れる必要はなく、こころは気楽に、平和になります。

日本の島に外国人が押し寄せてきて、
それを跳ね返すことに全力を注ぐのもよいのですが、
今の日本みたいに、
相手を追い払うエネルギーを半分ぐらいにして、
侵入者にはうやむやに帰ってもらう、という方法は、
無駄にピリピリと緊張することもなく、
無駄に多額のコストを浪費することもなく、
同じ結果が得られるわけで、
最近はあまりこの問題で政府を悪く思わなくなりました。
(尖閣諸島に上陸した外国人を起訴せずに強制送還、というのは
かつての自民党の小泉政権が作った先例なんですけど)

話がそれました。
中国に国を奪われて占領されてしまったチベット。
あからさまに侵略されて、国土も文化も破壊され、
すっかり中国の植民地と化してしまいました。
でも、最高指導者のダライラマは、
別に中国政府を恨むつもりはない、と言います。
執着し、争うことにエネルギーを費やすことをせず、
平和な心持の中に生きる。
平和な心持の中で、他のことにエネルギーを費やす。

私は別に政治家ではありませんが、
こういう政策、こういう生き方、
こんなのもいいなあ、ってちょっと思いました。

平和ボケした日本人の意見、と一笑に付されそうですが、
実は、60年以上続く内戦の中を生き抜くビルマ人にも、
同じような思いを持つ人が少なくありません。
どうしても、強い声、大きな声しか周囲には聞こえてきませんが。

みんながあんまり、「尖閣を守れ」「竹島を返せ」と叫ぶから、
ちょっと反対の意見を言ってみました。
日本人ではあるけど、日本の中で唯一のふるさとというものを持たない、
だから「日本」全体が私のふるさと、と思ってる
常に流浪に生きる人間の戯言です。
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♥. ♠. ♣Alice
プロフィール

ハマダラカ

Author:ハマダラカ
職業:元小児科医、現在なんでも屋的医師を目指して修行中
日本を、そして海外を、自由に移動しては、
働いたり遊んだりの、
自称フリーター医師。
しばらくタイにあるビルマ難民向け病院でボランティアしてましたが
現在岩手県の被災地にある病院に来ました
関西人のつもりですが、心のふるさとは北九州市
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Toru Yoneda

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